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【D&D】12:曙光

* * *
 霧が晴れ 雲が裂け 風が吹き 陽が射して。

「若!若!ご覧ください、一週間ぶりの太陽でございます!」

 スティリッチの首都、イスティヴァンを覆っていた悪夢のような菌糸とキノコたちは、ペイロアの陽の矢によって瞬く間に駆逐されました。菌糸とキノコ、黴とコケの残骸は、すべて白く萎び乾いて、細かな埃に変わって風に巻き上げられてゆきます。

「ヴロックたちも次々に奈落(アビス)へ送還されている模様です。若、われわれの勝利ですぞ!」

 ジュイブレクス、そしてザグトモイ。奈落(アビス)の辺土、シェダクラーの覇を競う二体のデーモンロードが、戦いの勢い余って物質界に漏れ出してきた、ということだったようですが……ザグトモイはかつて、かの“八者の円(サークル・オヴ・エイト)”に遠謀を看破され、実体を粉々にされてかつその一つ一つを一々封印されてしまったとか。

 今回破壊したのは、その封印を受けていた分体のひとつだった、ということのようです。

「よし!さっそく……さっそく……ああ、うまいことやってくれ」
「かしこまりました」

* * *

 街の人々は、3000人以上が死亡、同数の行方不明者が出ているとのこと。

「状況が状況だから逃げたんだろ」

 と若。無事に逃げ延びてくれていることを祈るばかりです。

「レスビン侯、助けられなかったね」
 寓。

「しっかたねえだろう、あれは……それよりアレだ、最初の念話。あれザグトモイだったんだな」
「……手前のデカマリリスだと思った」

『すっかりだまされたよねえー』

「ところで若、そして皆様。離宮からスティリッチ諸侯の連名で、ご招待が参っておりますがいかがしましょうか」

「……は?」

「スティリッチはレスビン侯を筆頭に、たくさんの貴族がめいめいに領地を押さえている連合国家なんですって。一番力があったのがレスビン侯」

「うわあ、じゃあ次は跡目争いか。やっかいだなー」
「そこに呼ばれてるってことは……只のお礼の話じゃなくて……」

 後継者探しを手伝ってくれとか、そういう話が出るんじゃないでしょうか?

* * *

「従いまして、故レスビン・ドレン・エモンダヴ女侯爵閣下の血を引く唯一のご親族は、リンチ商会の若君、貴方を置いて他にはないのです」

「どうか、どうか新侯爵としてこのスティリッチを」
「イスティヴァンを鎮護していただきたい」

 予想の斜め上のお話でした。

「若……ご落胤かよ」

「リンチに嫁いだばあさまが女侯爵の叔母だが従姉だかだったらしいんだわ。“アローナ急行”を、じゃなくて、俺と皆を、って言い方だったときにそうじゃねえかとは思ったんだが」

 渋い顔です。まあ、王様になってくれ!と言われて喜んでその地位に着くような人物であれば、継承権やなにやらを放置するわけもありませんから、彼にとってはもともと必要のないものだったのでしょう。

「それに『唯一の』ってのが気に入らねえ。甥っ子……公子サマはどうしたよ」

――ここに顔出してるのは、リンチと懇意の貴族連かレスビン侯とはむしろ疎遠だった連中ばっかりだ。俺も無知じゃない、変事始まって早々に、坊主は騎士団長と落ち延びたはずだぜ。

「へぇ、初耳です」

「当たり前だぁ司祭どの、話す暇もなかったしな……どうよ、さっさと俺を擁立しておいしいところに食いつきたい、てぇなら、まず公子サマがどうなったかを確認するのが先じゃないかい?」

 ……と諭す若の顔は、理を説くと言うよりもむしろ……むしろ、なぞなぞの答えを知っている悪童の意地悪げな表情です。

「それは……」

 一様に言葉を失い黙り込む貴族の皆様。そこへ、急使が飛び込んできました。

「申し上げます。ドレン公子が無事お戻りになりました」

――ただいま円卓の間に居られます。騎士団長殿をお傍に置かれており、諸侯と早急に対談されたいとのお言葉です。

「な?早まって俺を立てるより、あっちに取り入ったほうが賢いぜ?なにせ俺は領主様になる気なんかさらっさらないんだからな」

 目を白黒させながら、辛うじて礼を失しない程度の有様で、公子へ拝謁するために部屋を転げ出て行く貴族さんたち。やぁれやれ、本当に現金ですこと。

「若、なんで公子サマが無事だって知ってたんだ?」
 と、当然の質問をジョンが。うん、それは私も聞きたいです。

「騎士団長殿が一緒だったからな。デーモンロード相手にどうこうは流石に無理でも、子供一人守りながら逃げ隠れするだけなら造作もないだろ」

「……いや一人じゃ流石につらいだろ」

 呆れたように、これはバッシュ。それを聞いて、私の中でぼんやりとした絵のような憶測だったものが、急に奥行きを伴う推論へと切り替わりました。

「――あのう、もしや若。騎士団長をよくご存知なのではないですか?」
「……なんでそう思う?」

「騎士団長の実力を目の当たりにしていなければ、『奴ならばこの変事を乗り切れるはず』、と自信を持っては言わないでしょうし言えないかと。正直、昨日までの街の中ならば、私一人でだって無事に歩けたとは思えませんし……このイスティヴァンには、人目を避けて逃げるのには都合のいい場所がありますでしょ」

 若は脱出路を探して地下を彷徨い、途中エルフの友を得た――までが彼の口から出た説明です。公子は騎士団長に連れられて王城から脱出した――そして今無事にこの離宮までたどり着いた。これが横糸になるのなら――縦糸と交わる場所はひとつ。

「地下廃都か。……じゃあまさか……公子を助けた騎士団長って……若をルアサー認定したエルフ?」

『わか、すっげえ!およつぎとデーモンロード、いっぺんにたおしたわけだ!』
「お世継ぎ倒しちゃだめだろう」

「……騎士団長と一緒に、公子を連れて逃げまくってたってこと?」

「そこははっきりとお聞きしたいですな」

 入室してきたのは、白髪白髯の老人。背は低く、白眉は長く伸びて目を覆わんばかりです。物腰と振る舞いに、気負ったところはまったくないのに、極自然に上品で――迫力がありました。

「なんだ、じいさまか」
「伯爵と呼ばんか、この不調法者めが」

 毒突きながら、その笑顔は孫を見る老翁のそれです。

「若、知り合い?」
「西だか北だかの伯爵やってるじいさまさ。紹介して嬉しいアレでもないが、ナンだ。伯爵って呼んでやりな、喜ぶから」

「“アローナ急行(フリート・ランナーズ・オヴ・アローナ)”の皆様ですな。お噂はかねがね。ご挨拶は申し訳ありませんが、後ほど改めて。――さて若、公子を騎士団長と共にお助けしていたと言うのは事実ですかな?それとも、その手柄は騎士団長ひとりのものなのですかな?公子が慌ててお言葉を翻されたように」

 あの坊主、と若は苦笑しまして、

「公子を守ったのは騎士団長サマさ。それはアイツひとりの手柄だ」

「なるほど、それは大手柄ですじゃな。

 これで騎士団長はその武勲を大いに讃えられ、人ならずエルフの身であっても、たおやかなる乙女であっても、勇猛にして救国の功ある騎士として新侯爵に重用されることじゃろ――そして誰も異は唱えられん、事実じゃからのう――と、これが若の望みなのですな」

――アレを“たおやか”は褒めすぎだろ、と若は呟いて、

「俺の望みかどうかは関係ないな。騎士団長が活躍した。坊主が感謝した。諸侯はフェアに新侯爵、そしてその懐刀の騎士団長様とお付き合いせにゃならん――今回のドタバタにまったく恩を売れなかったんだからな」

「リンチ商会も顧客である英雄に助けを求めただけで、所謂出資はしていない、と。侯爵に恩を売って、商会をさらに大きくするチャンスじゃないかね?」

「リンチの面倒をみてんのはヨハンだからな。商会の話はあっちにしてくれ」

「……あ、マジだ。今回報酬の話、誰ともしてないぞ俺たち」

「きゃらの!これは言わば復讐戦!仇討ちは虚しいの法則!!」

 呵呵大笑して、老伯爵は若の前にあった椅子に腰掛けました。

「……では、ひとつ頼みがあるのだがね。わし、もう伯爵やめようかなーと思っているのだよ。若、そして“アローナ急行(フリート・ランナーズ・オヴ・アローナ)”の諸君。どうだね、わしの伯爵領を引き取ってはもらえんじゃろうか?」

『まじでっ?!』
「大真面目だとも、小さな竜くん。スティリッチはその程度でしか諸君らの功に報いる術を持たない、とわしゃ思うね」

 今回の騒動で国庫は大打撃じゃろうしな、と老伯爵。なるほど、たしかに領地を封ずるのはある意味一番お金のかからないお礼の方法だとも言えます。

「そのかわりに、公子さまの後ろ盾になってくれ、ってところだろう?」
 ジョンがあっさりと老伯爵の伏せ札を読みました。

「然り。どうじゃろう、悪い話ではないと思うんじゃがの」
「悪いが、安い。ていうか、値の付かない話には乗れないね」
「ほう?」

「俺たちこれから、別の冒険の予定があるんだ。玉座を暖めてる暇は無い」

 それに、領土一つで俺たちを味方にできるなら、それは領地一つで万の軍勢を雇い入れるのと同じことだろう? とジョン。

「スティリッチに利があるばっかりで、俺たち嬉しくないじゃん。領主とかやらされたら、俺たち多分身を粉にして働いちゃうし」

 同じ意見なのか、という老伯爵の問いたげな視線に、無言で頷き返す私たち。

 老伯爵は、ジョン=ディーのきっぱりとした返答と、私たちの決断に相好を崩し、

――なるほど、噂と言うのもなかなか莫迦にできんもんですなあ。善哉善哉。
 と独り言ちながら、一礼をして席を立ちました。

「もし冒険が無事に終わったなら」

 伯爵は部屋を去り際、笑顔でこう言い残しました。

「ぜひ我が屋敷にお越しくだされ。積もる話はまたそのときに」

* * *

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