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【D&D】11:修羅

* * *

 食後。遠くから、地鳴りと大きなものが崩れ落ちる音とが響いてきました。

「……ついに崩れたか、お城」

「となると、《転移(テレポート)》じゃむりだな。風景が変わりすぎてて、直接は跳べない」

「ならば有視界転移だ。《飛翔共有(マス・フライ)》準備良し。さあジョン、やってくれ……と、その前に」

 若が、背負いから一振りの剣を取り出しました。

「バッシュ、こいつを使ってくれ。倉庫に残ってたなかで一番丈夫そうなのを選んできた」

 冷たい鉄製の長剣(コールドアイアン・ロングソード)。バッシュの佩剣は、昨日の戦いでジュイヴレクスと共に砕け散ってしまいましたから、今日彼は戦鶴嘴(ウォーピック)で戦うつもりだったようでしたが――

「《上級鍛剣呪付(グレーター・マジック・ウエポン)》済みだ。そこそこ役に立つだろう」
「……若、すまない」
「こういうときは『ありがとう』だぜ」

「縮んだよ」

 大人ほどに小型化したコンボイと、その背にとまる小さな蝙蝠。化身したクロエです。――ほんとうに、無駄口を利かないようになってしまって――不安です。

「よし」
「ヨハン、行ってくる。みんなを頼んだぞ」
「一命に代えましても」

* * *

 城の手前、かつて上層部バルコニーのあった高さ。上空80フィートほどに出現すると、鈍い朝の光の下、眼下イスティヴァンの街は熟れ過ぎた果物のように腐り落ちつつありました。

「正面!ヴロック5!……ほかは見えない!」

 バッシュが短く叫び、長剣を抜き放ちます。街の末を案じていた私の心が、その声で戦いへと引き戻されました。そう、呪文の持続時間を思えば、これから2時間以内に、全ての決着をつけなければならないのですから……思い悩むのは、あとで。私は、弓を握り締めました。

 城の西の壁が、まだ一部、奇妙な形の塔であるかのように残っており、ヴロックたちはそこから飛び出したようでした。前に2羽、後ろに3羽。

「“絶叫”来るぞ!」

 あの耳を劈く“絶叫”の効果範囲を、ヴロック自身は知り尽くしているのでしょう。接近戦を挑むにはやや遠いその位置から、2匹は嘴を大きく開け、立て続けに甲高く叫びました。……が、耐えられない音圧ではありません。

「同じネタが何度も通用するかっての!」
『たんにがまんしただけだけどねー』

「一体は任せてくれ」

 若が、外套を跳ね上げ、『手袋』から刀を(剣ではなく)呼び出しました。――『物入れの手袋(グラヴ・オヴ・ストアリング)』は、手に持てるものをひとつ、それがなんであれ格納する能力を持つ魔法の革手袋です。

 曲刀は、鋼黒く、鋭く、しかし――細部が見えません。いえ、若の口訣と共に、その刀は消えてなくなりました!!

「《幽鬼の一撃(レイス・ストライク)》か!」

 驚くジョンに、若はニヤリと笑うと、そのまま右手に全体重を掛けて正面のヴロックに突進しました。手に持った透明な『何か』で、鎧も着ずに躍りかかって来る若者に、さしものヴロックも我が目を疑わずにはいられぬようです。本能的にか、身を縮めるヴロック。

 若の『突き』の軌道は、身を僅かに引いたヴロックの左側方に“すり抜け”たかに見えました。

 しかし。

「俺の太刀は
 肉に拠らず
 骨に拠らず
 只命を斬る」

 若の手に再び現れる、血に濡れた黒刀。そう、曲刀は《幽鬼の一撃(レイス・ストライク)》で魂を斬る力を与えられていたのです。脇腹からどっと噴出す自らの血と臓物を、仰天の目で見下ろしたヴロックは、そのままぐるりと白目を返して、飛礫のように落下して行きました。

「リンチの家宝、冷たい鉄製・悪の来訪者及び魔術殺しの鋭刃(コールドアイアン・イーヴルアウトサイダー・アンド・メイジベイン・キーン)。降魔の利剣、と言いたいところだが“無銘”でな」
「い、一撃?!」

 一太刀であのヴロックを?!信じられない!

「すげえな!負けてられっか、スー!」
『へんしーん』

「うしろ。踊り始めたのは任せて」
 応。

 《動物縮小(リデュース・アニマル)》を解いたコンボイと変化を解いたクロエが、むくむくと竜に変じるスーの横を駆けて後方3匹のヴロックに突撃します。そのヴロックたちはと言えば、3匹手を繋ぎ、邪悪な祈りと共にぐるぐると円陣を舞っているのです。

「……滅びの舞い」

 3度円陣が回ったとき、ヴロックの周囲は閃光と共になにもかもが吹き飛んでしまう――滅びの舞い。この1週間、街のそこかしこを吹き飛ばしてきた、ヴロック特有の超常能力。

「《ラスタイの愛撫(ラスタイズ・カレス)》の矢!」

 女神ラスタイの『愛』を与える呪文、《ラスタイの愛撫(ラスタイズ・カレス)》。友愛の意味を知らぬ悪魔(デヴィル)魔鬼(デーモン)にこそ、と準備した呪文を、私は矢に乗せて放ちました。矢こそ弾かれましたが、呪文撃で篭められた呪力は触れるだけで効力を発揮するのです。湧き上がる「感情」は魔鬼にとって異質そのもの。ヴロックは、まるで悪さを見つかった子供のようにぎょとぎょとと周りを見渡し始めました。

 いまヴロックの心に、おそらく生まれて初めての「良心の呵責」が科せられたのです。

「もう踊らせない」

 矢を受けて挙動不審になり始めた、その隣のヴロックを、飛び込んだコンボイが両の手で突き飛ばします。体勢を崩し、円陣が乱れ、しかし手は辛うじて繋いだまま。

「《蛇の迅速(スネークス・スウィフトネス)》。コンボイ、もっと押して」
 応。

 抜く手も見せぬ素早さで取り出したクロエの小杖が、コンボイをしてさらにヴロックを押しやらせます。たまらず、中ほどのヴロックが円陣から弾き飛ばされました。

「もう絶対好きなようにはさせない」

 滅びの舞いをジャマされたヴロックたちは、コンボイを左右に避けてバッシュと若のほうへと飛び掛り――しかしすでに前衛2匹目も屠られたあと。

「飛んで火にいるなんとやらだ。《次元間歩法(ディメンジョン・ステップ)》」

 隊列を崩し飛び込んできた2匹を、より有利な位置で迎え撃つためのジョンの《次元間歩法(ディメンジョン・ステップ)》で

『うしろもらいー』

「……っ!!!」

 挟撃できる位置を取ったスーとバッシュの全力攻撃が襲い、若の必中必殺の太刀が苦もなく外皮を抉り致命傷を与えます。

『ヒッ』

 先ほど突き飛ばしを受けたヴロックが、小さく悲鳴を上げました。目の前で、一瞬で4匹の仲間を倒され、

「……どこいくの」

 恐れから僅かに引いたその身を、コンボイが……クロエが逃すはずもなく。

――イスティヴァンの空を、5つ目の赤黒い塊が落ちて行きました。

* * *
「すげぇな、その刀」

「ああ、これな。大変な名刀だってんで先々代が至極大事にしてたんだが、もともと入手した時から折れててな。繋ぎようもないってんで墓に納められてたのを、ヨハンが回収してくれてな」

 もう半年以上前か、と若が曲刀を『手袋』に納めながら呟きます。

「えらい大枚かけて鍛えなおしたらしい。切れ味は見ての通り……って」
「それ、もしやこういう黒檀の箱に収められてたやつですか?」

「? ああ、そうか。墓と倉庫と立て続けに片付けてくれたのはあんたがただったっけ」

 言外に「然り」と答えてから、若が、あ、と間の抜けた声を出しました。

「どした、若」

「あぁー、うっかり一つ呪文使い忘れた。失敗したなあ、もう一手早く片付けられたのになあ」

 屈託なく残念がる若の姿に、私は慄然たるものを感じていました。あの一太刀でさえ、全力ではなかったと?

 この若者は、いったいどれほどの戦いを潜り抜けてきたというのでしょう。廃都の地下、たったふたりで。

* * *

 城の屋根も床も全て抜け、壁と壁が竪穴を作る様に連なり、まるで100年も経った廃墟のようです。日陰になるような場所には、もう遠近感が狂うほどに大きなキノコとカビとがその勢を争っています。《飛翔(フライ)》でそっと近づけば、ジュイブレクスがいた辺り――元「謁見の間」から真下に抜けて見える穴は、どこまでも深みを持っているかのようでした。

「《対死防護(デス・ウォード)》」

 クロエが、ちょいちょいと呼び寄せたジョンに、言葉少なに説明したあと、《対死防護(デス・ウォード)》を投射しました。

「あ、あのー」

 《対死防護共有(マス・デス・ウォード)》持ってきたんですけど。と言うと、クロエが怒り出し、やがて塞ぎこみ、そしてぶつぶつとなにかを呟き始めました。

「……ドルイドの呪文は貴重なのに。言ってくれれば持ってこなかったのに。あのアマぶっ殺す呪文にしたのに。……」

 朝、若を交えて忙しかったから、というのもありますが――うん、すり合わせなかったのは失敗でしたね。

 私たちは、穴をゆっくりと降下して行きました。

* * *

 穴は、地上からさらに地下へ、城の高さと同じ程度に掘り下げられておりました。穴は地下室を地上まで掘りぬいたかのように四角く、広さは「謁見の間」よりやや広いでしょうか。南の壁には巨大な玉座、部屋の四隅には、炯炯と輝く魔法円。

「《即死の魔印(シンボル・オヴ・デス)》だ。うわー、殺る気だよ」
「……真ん中のは……《(ゲート)》か」

 ティアマトの時と同じ、世界の壁を薄くした結果見える『窓』、《次元門》。ねっとりとした水飴のように曲がり歪み蠢く、透明で厚みを持つ『何か』ごしに見える異界の風景は、……巨大なキノコでできた城、そしてカビとキノコと菌糸の森。鬱々とした霧が辺りを覆い、蟲と化鳥と菌類が食い合い殺しあう地獄絵図、いえ、

奈落(アビス)

『然様。よう来たの。そこで見物するを特別に許す。妾は久々の故郷の光景に胸が熱い故な。おお、禍々しきシェダクラー、我が領土よ』

 玉座にのうのうと腰掛けた黒黴色の妖女、ザグトモイ。その左右には、既に三対六本の腕に長剣を構えたマリリスが2匹。

 ザグトモイの正面、部屋の中央、床に水平に開かれた差し渡し20フィートほどの《門》の上に、ぽっかりと開いた虚ろな淵、色を持たぬ玄い穴が。

「――あれが『虚無の球(スフィアー・オヴ・アナイアレイション)』」

『漸く妾は奈落(アビス)へ帰還するのじゃ。嘗て別たれ封印された我が影の全てを取り戻し、奈落の侯女、菌糸の女王として妾はシェダクラーを統べるであろう。

 無論「ここ」は利用する、利用しつくす。斯様に脆弱な、攻め易い地は奈落には無いからの。魔力も信仰もこの球の前では等しく無力、呵呵、愉快じゃ喃。呵呵呵呵』

「……ムリだ……ムリだよう……ザグトモイは立ってるだけでこっちを全滅させられる……マリリスが2匹もいたら……ザグトモイを追いきれない……球が……ムリ……おにいちゃん……」

 クロエが、コンボイの背でわなわなと震えだしました。

「あぁー、クロエ。こいつを見てくれ。どう思う?」

 若が、あーその。ええと。自分のズボンの前を指差しました。そこが、むくむくと膨れ、蠢いて、

「きゃ、きゃらの!!」

「わははははは!」

 股間から、やあ、と顔を出したのは、黒いナマコのような――二本の触手。

「《剣呑な触手(メナシング・テンタクルズ)》!」
『うわワカすっげぇー』
「……うわー」

 太い二本の触手は、若の背中、肩口から生えているものが、ぐねぐねと彼の頭上、折り返して背後、そっと忍び出てその股から――へ、変態!あうう、事実なので省略するわけにもいかず、といって事細かに書くのはなんだか――なんだか――うう。

「わはははは!な、クロエ。騙されたろう? ナニだと思ったろう?“一部だけ見てるからそうなる”んだ。良く見ろ、本当にムリか?『球』ばっか目が行ってないか?視野が狭くなると足元を掬われるぞ」

「主に触手で」
「そう触手で」
「……」
『ワカがまじってから、シモネタがふえてるきがするー』

「なに言ってるんだ、この触手はいいものですよ? 間合いは長い、攻撃は自動、おまけに触手だ」

 だ、だれか若を止めてー。

「頼む、クロエ。諦めないでくれ。お前が早々に諦めてしまうのは勝手だが、俺はイスティヴァンの住民として、こいつらを放逐する必要があり――したがって使えるやつにはしゃっきりしてもらわんと困るのだ」

「……」
『茶番は終わりかえ?』

「すまねえ、あとちょっとで終わるんでちょい待て。――な、クロエ。アレを始末したらイイこと教えてやる。『虚無の球(スフィアー・オヴ・アナイアレイション)』のヒミツの出口――てのはどうだ」

「?!」
「おう、いい目だ。だがそれもこれも全部これが片付いたら、だ。でなけりゃ俺はこの街のため、ヒミツを墓まで持って行くことにする」

 一瞬の沈黙がありまして。

「きゃらの!超ヤル気出た!《召喚(サモン)》開始!!」

 クロエの頬に赤みが差し、彼女の瞳に光が戻りました。クロエに見えぬほうの手で、ジョンとバッシュに親指を立ててみせる若。うーん、身長の倍ほどもある触手さえなければかなり感動的な光景なんですけれどね?

『呵呵、呵呵、呵呵呵呵!!』

 手の動きだけで、マリリス2体に構えを取らせるザグトモイ。――彼女自身は、そう、『球』から何らかの力を《門》へ、あるいは《門》の形成を阻む何かを『球』へ、コインを机に立てるかの如き精神集中を――ザグトモイの全能力のほんの一部で、とは言え――しているのです。

「《対死防護共有(マス・デス・ウォード)》!」

 菌糸の女王が全力で行動できないのなら、そこが勝機なのではないでしょうか。ジュイブレクスは『球』を積極的に攻撃に使いましたが、ザグトモイは――いいえ、予断は禁物です。

「スー、続け!」
『あい!』  ジョンが20フィート降下し、そこで、黒い閃光に包まれました。

「痛ぇ!!くそ、《立入禁止(フォービダンス)》か!」

『ぴんち!こっからしたで《じげんかんいどう》はふかのう!そとにでるときはべつ!』

 《立入禁止(フォービダンス)》。属性の異なる相手を寄せ付けず、立ち入れば魔力による鉄槌を与え、さらにはその内部への《転移(テレポート)》を阻害する、聖域作成のための呪文――まさか、そんな呪文まで用意していたなんて。《次元間歩法(ディメンジョン・ステップ)》で味方の位置を変える、ジョンの得意技が使えないではありませんか。

「このっ、《限定祈願(リミテッド・ウィッシュ)》から《呪文抵抗分析(アセイ・スペル・レジスタンス)》――スー、行け!」
『あい!《えなべーしょん》!!』

『ぬっ』

「七天よ!大いなる善よ!我に悪を縛る秩序の鎖を与えよ!!《収斂の銀鎖(コンストリクティング・チェインズ)》!」

 七天の齎す清浄の縛鎖は、あらゆる呪文抵抗を無視して目標を捕らえます。果たして、《収斂の銀鎖(コンストリクティング・チェインズ)》はザグトモイをがんじがらめに縛り上げました。

「さあ、どうですか!」
『不都合はない。残念じゃの』

 余裕を見せ、砕け、玉座から消え――《門》の脇に再構成されるザグトモイ。しかし、《収斂の銀鎖(コンストリクティング・チェインズ)》は目標指定型の呪文!

『おおう?!』

 余裕たっぷりにこちらを仰ぎ見たザグトモイに、再び《収斂の銀鎖(コンストリクティング・チェインズ)》がからみつきます。

「移動を邪魔はできませんが、《銀鎖》を逃れることもできないようですね。引き分けってことにしましょうか?」
『抜かせ、小娘』

「《銀鎖》よ、締め上げよ!」

 口訣により《銀鎖》はザグトモイの全身をきつく締め付けはじめました。決して大柄ではないレスビン女侯の体を、清浄の銀がぎりぎりと締め上げます。

『これしきっ……』
「レスビン女侯の体で緊縛プレイ!エローイ」
『えろーい』
『殺す!貴様らから殺す!!』

「よし、こちらはマリリスから始末といこう」

 若が右の指を鳴らすと黒太刀が。左の指を鳴らすと、きらきらと輝く細かな粉が――

「追加呪文構成要素、『妖精の粉』――効果時間を倍にする能力がある。そして《幽鬼の一撃(レイス・ストライク)》」

 若の手から太刀の姿が消えるや否や、彼の体もマリリスにむけ急降下します。必中の一撃なら、あるいは!

 しかし、若の攻撃は私の予想をはるかに超えるものでした。落下して一撃、体勢を立て直して二撃、構えた六剣をかいくぐり三撃、そして背に生えた触手で連打!

『なん……だと?!』
「友誼ある狂戦士が俺にもトーテムをくれてな。俺の祖霊は獅子なんだと」

「獅子の飛びかかり!突撃からの全力攻撃は正に獅子のちからだっすっげーっ」
「……それは便利だなあ……」

 バッシュが呟きながら、同じようにもう一体のマリリスに突撃し手傷を負わせます。こちらは普通に、一刀、一撃。それとても、十分に鋭い斬撃です。

「来いダイソンサイクロン!――しまったっ」
『呵呵呵、《立入禁止(フォービダンス)》は次元間移動を阻害する……招来とて例外ではない』

「むきーっ、コンボイ、チャージ!!」
 応。

 クロエの呪文で、コンボイの頭から丸太ほどもある螺旋のついた純白の角が。あれ、大きさはおかしいですけど、一角獣の角……?

「変身!ユニコーンコンボイ!でもって突撃!キミは生き延びることができるかっ」

 若の攻撃したマリリスに、追撃を図るクロエ。マリリスは巨体が災いして、これを避けることができません。

「――あ、この位置は不味いっ、《転移(テレポート)》っ」
 ジョンが指を鳴らして《転移(テレポート)》しました。が、どこに行ったか姿が見えません?!

『んー、じょんくん、なんかへんなとこにでたみたい』
「転移失敗か。ツイてるな、死んでないとは」

『やれやれ、では一人ずつ死んでゆけ……まずはお主じゃ、小娘』
 ザグトモイが、私を指差し、

『《まじないよ、裂けよ失せよ消えよ!!(グレーター・ディスペル・マジック)》』

「きゃらの!やばいアルウェン、高度下げろ!《飛翔(フライ)》が切れたら落ちて死ぬ!」

「いや!《対死防護(デス・ウォード)》が切れたら落下で死ななくても《即死の魔印(シンボル・オヴ・デス)》で死ぬ!耐えろアルウェン!!」

 ぐるり、と強力な魔力破壊の波が全身を襲い、――《信念(コンヴィクション)》と《火炎耐性(レジスト・ファイアー)》が――だけ、が――破壊されました。

『な、なに?!ありえぬ!妾の《大解呪(グレーター・ディスペル・マジック)》がこの程度の術を破壊できぬはずがない!』

 破壊されれば致命的であろう術は《飛翔(フライ)》も《酸耐性(レジスト・アシッド)》も《対死防護(デス・ウォード)》も、どれひとつ破壊されず、とあっては、ザグトモイのうろたえようもすこしだけわかる気がします。が、このとき、私は、瞑想期の如き安らかさで状況を受け入れていました。

 私を守ったのは、呪文ではありません。日記を書く、今にして思えばこれは思い上がりかもしれません。ですが、あの時、私たちは確かに神の恩寵の只中にあったのでした。

『ケエエエ!』

 バッシュの目の前のマリリスが、六本の腕を嵐に揉まれる柳のようにめちゃくちゃに振り回していますが、只の一つも彼の体には届きません。

 手前では、私の放った《滅びの契印(マーク・オヴ・ドゥーム)》が、ザグトモイの額に刻まれます。

『ユニコーンのらくいんかっこいいねー、あれ“にく”とかにはかえられないの?』
「何で“肉”なのかよくわかりませんが無理ですよー」

「いよし、まず一体!」

 若が目の前のマリリスを討ち果たし、二歩ザグトモイに近寄ります。コンボイも前に出て、『球』との間にザグトモイが来る場所で立ち止まり、

「殴れ、コンボイ!」
「いいタイミングだ、クロエ!」

 絶妙の連撃でザグトモイの全身を打ち据える大猿、見えざる曲刀で邪神の精髄を切り裂く若武者。

『侯閣下!』

「……おっと、お前の相手は俺だ」

 援護に回ろうとする生き残りのマリリスを、バッシュが荒っぽい斬撃で足止めします。

『お、お、おのれっ!!』

 ぶつり、と何かが裂ける音がして、レスビン女侯の背が裂け、頭が捲れ、腕の皮が弾け、体が千切れて、

「あー、やっぱり皮だけにされてたか」

 現れたのは、熊よりも大きな極彩色のキノコの束。その中央に、レスビン女侯に僅かに似た黒い髪の女性の姿が。しかしその肌はさまざまな色の黴または菌糸で形作られており、――何の因果か女性の姿に似て育った巨大なキノコ、と言ったほうがその姿を示すには適切だったのでしょう。

『この真の姿を取り戻したからにはっ』

 台詞を最後まで言う暇も無く、さらに纏いつく《収斂の銀鎖(コンストリクティング・チェインズ)》、そして浮かび上がる《滅びの契印(マーク・オヴ・ドゥーム)》。

「からには、なんだね?」

『お主に用は無い、貴様から血祭りだ!小娘!この忌々しい縛鎖の報いをくれてやる!!』

 巨大なキノコを形作る菌糸が一瞬で解け、《収斂の銀鎖(コンストリクティング・チェインズ)》が目標を見失い、

「アルウェン、後ろだ!!」

 壁際に浮いていた、私の背後から出現して、私を組み敷きました。一瞬後、追いついて縛り上げる《収斂の銀鎖(コンストリクティング・チェインズ)》。

『このまま食い殺してくれる!』
『侯閣下にはもう一歩も寄らせぬ!』

 私に組み付くザグトモイと、他のみんなとの間に《刃の障壁ブレード・バリアー》を形成するマリリス。

「おねえちゃん!」
「司祭!」

「……だれか忘れちゃいませんかーっての。アルウェン、《次元間歩法(ディメンジョン・ステップ)》」

『?!』

 ザグトモイの頭上、《立入禁止(フォービダンス)》呪文の範囲外。次元術師、ジョン=ディーが、外套をなびかせて宙に立っていました。私は、《次元間歩法(ディメンジョン・ステップ)》の力でザグトモイの死の抱擁から逃れ、そのそばに移動します。

「あらジョンさん、道に迷いまして?」
「いやー、このへん随分風景変わったのな」

 ちょいと肩をすくめるジョン。

「……こっちを始末する!」
「行け、コンボイ!」
『こ、侯閣下ぁ!!』

 間隙を縫って、生き残ったマリリスに全力攻撃を仕掛けるバッシュとコンボイ。《大転移(グレーター・テレポート)》を得意とするマリリスは、と言えば、《立入禁止(フォービダンス)》が災いして、戦うに有利な位置へと移動することさえ適いません。

「《転移(テレポート)》に頼りすぎると偉い目にあうなー」
「説得力ありますねー」

 バッシュの連撃とコンボイの掻き毟りで、七分八裂されるマリリス。残った体が、思い出したように血を噴出してどうと横倒しになりますが、蛇種特有の強い生命力の残滓が、太い尾をびくびくと暴れさせています。

『妾の家臣を、よくも!《伝染病(コンテイジョン)》よ、あのガキを殺せ!』
「お、おお?!おひゃひゃひゃわーい、マリリス汁できたよー」

「いけない、狂笑熱!高熱が判断力を奪う恐ろしい病です!」
「うーん、いつもと変わらなくね?」
『そして砕けろ!《大解呪(グレーター・ディスペル・マジック)》!!』

「うんー? ……あー、《飛翔(フライ)》壊れちゃったー」
 応。

『な、何故だ!何故妾の《大解呪(グレーター・ディスペル・マジック)》でこれしきの術が破れぬのだ!!』

「運がなかったんじゃねーかな」

 虹色に輝く微粉――追加呪文構成要素、『妖精の粉』。いつ撒いたのか、彼の周囲にきらきらと輝く光の粒が、彼の口訣を受け太刀へと集積すると共に、黒太刀は霊刀へと変化。音も無く手の中から消え、

「――!!」

 若の、突進からの全力攻撃。

「どしぇー」

「《幽鬼の一撃(レイス・ストライク)》のせいで全弾無手に見えるのがおっかねえな」
「触手も見えなくなるんですもんねー」

 ザグトモイの全身に走る、赤い亀裂。色を失う、極彩色の菌糸と黴の肌。

『おのれ、おのれおのれおのれおのれっ……』

「なにか言い残すことは?」
『おのれっ、かくなる上はお主らも妾と共に死ね……っ!』

 ボロボロと内側に砕けながら、人型の両手を『虚無の球(スフィアー・オヴ・アナイアレイション)』に差し出すザグトモイ。その直後、《収斂の銀鎖(コンストリクティング・チェインズ)》がその依巫を粉々に挽き砕きました。

「……あ」

 主人の最後の命を受け、ゆっくりと降下し始める『虚無の球(スフィアー・オヴ・アナイアレイション)』。真下には、ザグトモイの開こうとしていた、《門》が。

「あれ、どうなるんだっけ」
「双方破壊が五分五分。2割くらいの確率で、“カッ”」
『あははー』

「《次元界大遷移(グレーター・プレイン・シフト)》準備できましたよー」

「《転移(テレポート)》より安全だからお願いしようか。《次元間歩法(ディメンジョン・ステップ)》っ」
「コンボイ、ちいさくならなくていいの?」

「間に合います、大丈夫。……えーっと、面倒だからこのままエルシアまで帰りません?」
「アルウェン、俺ここの人間なんだけど?」

「結果報告は必要だろJK」
「ブリンドルでお昼食べてから戻ると落ち着いた頃合だったりしません?」
「なんでそんなに帰りたいんだYO!」

 応。

 《転移(テレポート)》より安全なので《次元界大遷移(グレーター・プレイン・シフト)》の使用を持ちかけましたが、初めて使う呪文で、どうせだから「次元をまたぐ」らしい街の外への転移を試してみたかったのです。――とはなんとなく言えませんでしたので、

「……あ、甘いものが食べたいかなーって」
「なんというスイーツ!」
『そろそろ“たま”と“もん”がくっつくよー』

「あ、はい!それでは《次元界大遷移(グレーター・プレイン・シフト)》!!」

* * *


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