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【D&D】10:後継

* * *
「……戻ってきた」

 ジョンが、ポツリと洩らしました。

「ヤツに貸した《大地の心(ハート・オヴ・アース)》が、戻ってきやがった」

 私が預けた《呪文抵抗分析(アセイ・スペル・レジスタンス)》も、この胸のうちに戻っています。――鈍い痛みを伴って。

「クソっ、貸した呪文なんかどうでもいいんだよ」

 次元の狭間に消えた、サンダース。あらゆる次元を見通すはずの『魔法の水晶球』にも彼の姿は映し出されず、

「おにいちゃんをたすけに……いかなきゃ……いかなきゃ……いけない……のに……」

 コンボイに寄り添い、小鹿のように震えるクロエ。『虚無の球(スフィアー・オヴ・アニヒレイション)』と菌糸の女王ザグトモイの恐怖が、あの彼女を幼子のように怯えさせているのです。

「……」

 隅の椅子に座り、一言も洩らさないバッシュ。

 避難所のみんなは、我々のただならぬ気配を察してか、遠巻きに様子を見守るだけで、誰も説明を求めてきません。いっそ、誰かが尋ねてくれればいいのに。「悪党は倒しましたか?」と。私たちは、恥じ入りながら答えるでしょう。「傀儡は倒しましたが、黒幕が異常な強さでした。仲間を一人失い、――勝ち目はほとんどありません」と。

 皆を逃がす方策を練るべき、なのでは……ないでしょうか。

 それとも、死力を尽くせば――あるいは、相打ちを覚悟するならば、この都市を守れるのでしょうか。

 ですが、それは一時的な勝利でしかありません。一時的に守られるのはわずかこの都市ひとつであり――あまたの森ではなく――このまま玉砕すれば、いずれ世界中の森が危険に晒されるのでしょうから。

 しかし、あの菌糸の女王を撃退する方法――そんなもの、思いつくはずもなく。


 4人の間に落ちる沈黙と、絶望的な重さの空気。

 く、と唇を咬んだとき、


 足元の石畳が、一枚、がくりと音を立てて押し上げられました。

「――いやー、歩いた歩いた」

 吹き上がる《踊る光(ダンシング・ライツ)》、そして飄々と這い出してくる人影。鎧は身につけておらず、背に簡素な背負い、腰に冒険者のよく使う物入れ、そして呪文構成要素ポーチ。手には――あれは『物入れの手袋(グラヴ・オヴ・ストアリング)』?あんな高価な品を、しかも両の手に――

「いょっと」

 掛け声ひとつで全身を床上に引き上げる青年。え、ええっと――もしや――あなた――まさか――

「若!ご無事でしたか!!!」

 駆け寄ってくるヨハンさん。床の穴に足を投げ出し、膝元と胸元の埃と蜘蛛の巣を払う――リンチ商会の、若旦那。

「ったりめぇだ、俺を誰だと思ってやがんだ――なあ、サンダースのダンナはどうした。マジでやられっちまったのか」
「……どうしてそれを」

「――ンだよ、マジか?!クソぉ、間に合わなかったのかよ」

* * *

 王都の地下に広がる、古代都市遺跡。それは、下水に。地下墓地に。悪党の棲処に。密輸の通路に。あらゆる『表向きにできない』所業のために、その広大な版図を提供し続けてきたのでした。

 ただし、提供先は『腕に覚えのあるもの』だけ。

「そらおめー、中にはまっつぐ街の外まで出られる道があるかと思ってよ」

 若が言うには、我々が戦っている間――時間を稼いでいる間に、みんなが逃げられる『道』を探っていたのだそうです。

「ダメだな、うん。この下はほんとうにダメだ。おりゃうっかり3年分くらいの冒険をしちまったよ」

 ……にしても、鎧も無しで。

「ん?ああ、これな」

 するり、と表面を撫でると、彼の着ている瀟洒な青い胴衣は、きらめくミスラルの鎖帷子に。腰や肩の伊達な飾り布は、堅固な鋼板――表面の彫金の綾も華やかな銀色の草摺と肩当に。上着の袖口を縛る絹と組紐は、指先までを守る精密な篭手に。

 一瞬で、若の着衣は一式の鎧へと姿を変えました。


「うわ、《衣服まがい(グラマード)》!王侯貴族の護衛用、趣味も趣味の魔法効果じゃねえか!!」
「いや売れなくてよー」
「商品かよ!!」


「ええ、いいのです。若君にお気に入りいただけたのならば。このヨハン、その鎧を用意した甲斐がありました」

「や、便利だぜこれ。女口説くのに着替えなくていいし」

 その理由はどうかと思います。

「実際口説いたし」

「早速お役に立ったようでようございました」

 ヨハンさん、もっとちゃんと叱らないと。

「口説くって、若様よぅ、なにがあったんだコラ」
「うん、いいもんだよな、むちむちばいーん!」

 けけけ、と笑い、胸元で手を大きくまるく躍らせる若。鎧は既に、流行のデザインの衣装へと姿を変えています。……まるっきり、酒場でバカ話するバカダンナさまです。

「サンダースのことを」

 内心の怒りを隠しきれず、私は掌を机に叩きつけ、若の視線をこちらに寄せました。

「サンダースのことを、どこで?」

「――あー、地下6?7階だったかな?ツレが霊感を得てなあ。占い札で出た卦が『友人との離別、商売の失敗』でな」
「は?」

「貸し借りのあるダチっていやサンダースだけだったんでな。こりゃヤベぇって戻ってきたんだが」

 間に合わなかったみてぇだな、と若。

「アンタがたが本命退治、その隙にオレァ脱出路探索。しかるにアレだ、どうやら俺たちは戦力の分散ってヤツをやっちまったらしいな」

「そんなこと、いまさらっ」
「ああ、怒るなよアルウェン。Gerich veleth nîn, vanimelda. 手を貸せなかったことは謝る」

 ……っ!!!!

「な、な、な、なにを」
「おほ、テキメンだ。エルフ語の『ごめんなさい』は俺にだって言えるんだぜ」

 涼しい顔で、なんと恥ずかしいことをーっ。

「どどどどこでその言葉を」

「あー、そのツレが『エルフに詫びたければこう言いなさい』ってな。何回も言わされたから発音も完璧だろ? Gerich veleth nîn, vanimelda.」

 きゅーっ、二度もそんなことを正面から言われては、恥ずかしくてまっすぐ立っていられません。そのオトモダチというのはかなりの性悪に違いないです。

「うううう、それかなり個人的に使用する台詞なので、ほいほい口に出してはいけません」
「? ああ、アレもそんなこと言ってたような」

 たぶん『私を怒らせたら、すぐこう言いなさい。私にだけ使うように』とか言ったのでしょう、そのひと。きゃあああ、は、恥ずかしいことを!

――これは私に向けられた台詞ではない、若は台詞の意味を判っていない、シンダール語は古語だから私以外は判らない。

 胸の中で早口に三度繰り返し、ようやく落ち着くと、一つの結論が私の心に現れました。

「エルフがあなたにその台詞を教えた、ということは……若、あなたはルアサーなのですね」
「るあさー?」

「“エルフの友”という意味です。よほど」


――“我が愛はあなたのもの、麗しの恋人よ(Gerich veleth nîn, vanimelda.)


 か、顔が赤くなるのを止められません。オトモダチは、若のどこを気に入ったのでしょう。そして、彼にどこまで「分け与えた」のでしょうか。

「よほど、彼女に気に入られたようですね」
「あー、おかげで随分夜目が利くように――ん? ツレが女だって言ったっけ?」

「ええ、言いましたよ。そしてあなたがルアサーであるならば私もまた貴方の友です、若」

 ひとつ咳払いして、私は平静を装いました。あまりうまく行ってない気はしますが。

「そして、共に戦ってくれるというのなら、是非。明日は私たちと《英雄の饗宴(ヒーローズ・フィースト)》を分け合ってください」

* * *
「で」

 翌朝。ジョンがネクタルを杯に受けながら、若に尋ねました。

「他にどんなことができるんだ若」

「うーん、防御術が主で変成術が少々、《飛翔共有(マス・フライ)》とか《上級鍛剣呪付(グレーター・マジック・ウエポン)》とか」

 若がジョンからの返杯を受けながら、開いた手で二つ三つ呪文を数えます。

「効果時間はどうよ」

「商会の倉庫からこれを用意した」
「おおっ、『効果時間延長の杓』。やるね若」

「あとは……ああ、あれがいい。《神経加速(ナーヴスキッター)》を用意しよう」
「初動の反応速度を引き上げるアレか……あれは一人用だろ?」

「任せてくれ、《呪文連鎖化》で全員に投射する」
「おおお、それはすげえ」

 もともと《魅了(チャーム)》をおねえちゃんたちにバラまくつもりで覚えた特技だけどな、と若。

「そういうジョンはどうなんだ。お互い、呑んでいるときは魔法の話なんかまるでしなかったが」

「俺の得意技か?――あー、そうだなー。《変身(ポリモーフ)》かな」
『だよねー』
「ふむう。……なあジョン、お前女に化けたことあるか?」

「いや流石にないなー」
「そうか、惜しいな。さぞや美人に化けるだろうに」

「つまりアレか!これで巨乳なアルウェンに化けてみるとかすればいいわけだな!」
「それだ!でもあれだ、すぐバレるな!巨乳だけに!」

 バッシュがおろおろしながらこちらとあちらを見ています。――こういう場合、反応したら負けなのです。ようやく学びましたよ。

「おっぱいを前面に押し出した変身なら、バッシュを引っ掛けられるかもな!」

「ひっかけてどうするのか聞きたいが、へどもどするバッシュは面白いかもな!」
「そこでバッシュが男らしさを見せちゃったらどうするのかな!」

「それは《神速セレリティ》つかってでも逃げないとな!」
『おとこどうしできもーい』

 ……ジョンと若が大盛り上がりです。秘術使いとして、やはり相通じるものがあるのでしょうか。会話の内容はさほど高尚でもないですけれど。

「?」

 この手の与太話にかならず絡んで来るはずの子がひとり、静かです。

「……」

 クロエは、黙ってアムブロジアを噛み締めています。矢筒に矢を詰め込むように。剣帯に投げナイフを押し込むように。ベルトに聖水瓶を挟み込む、背負いに保存食を準備する、そんな、ただの作業のように、クロエは、黙々と聖餐を腹に詰めていました。その目は……赤く腫れ、瞳は、机の一点を見つめています。張り詰めた弓のような、折れる寸前まで撓められた若木のような、そんな危うい空気さえ漂わせて。

 コンボイが、その背後で気遣わしげに身を揺すっていましたが――今のクロエには、コンボイの心配そうな仕草さえも見えていないのかもしれません。

* * *

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