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【D&D】09:虚無

* * *
 王城の3階、大ヴロックとマリリスを倒した廊下。手前の階段へ《転移(テレポート)》し、そっとあの角まで忍び寄って……バッシュが、その先をこっそりと窺います。


「……げ」
「どうしたあんちゃん」
「……ごめん、目があった」

「♪目と目が合う~しゅ~んかん全速前進!先手必勝!行けっコンボイ!!」
「ま、待てクロエっ」


 コンボイが廊下の角を飛び出した瞬間、その足元で魔法印が炸裂しました。

「い、いかん!《狂気の魔印(シンボル・オヴ・インサニティ)》!!」
「きゃ、きゃらの!地雷踏んだっ」


 ぞっとするような悲鳴、世界と相容れない瘴気の風が一瞬にして辺りを覆います。全員その波動に流されぬようにぎゅっと目をつぶり/拳を固め/耳を塞いで/耐え凌いだ、その時。


「……う゛う゛う゛ぐるるるるるるる」

 バッシュの喉から恐ろしい唸り声が。……も、もしや。

「きゃらのっ!!あんちゃん、正気に返れって《大治癒(ヒール)》!!!」
「るううううっっ……」


 バッシュが一瞬息を詰まらせ、そのまま大きく息を吐き出しました。

「……うん、ほんとゴメン。いま一瞬なにがなんだかわからなく」
「ホント頼む!耐えてくれバッシュ!お前が狂乱したら俺が死ぬ!位置的に!」
「ううん、いまのはクロエが悪かった!ごめんねジョンにいちゃん、死んだら今度こそラーグの森に放置してあげたのに!」

「うわ懐かしいな!ていうか死ぬの前提かよ!《加速(ヘイスト)》!!」

 忙しく与太の飛ばしあいをしながら、ジョンが《加速(ヘイスト)》の巻物の封印を切りました。


「……よし、ここだ!」

 バッシュが加速状態から全力で二射三射と矢を放ちます。……が、矢は全て『虚無の球(スフィアー・オヴ・アナイアレイション)』に吸い込まれてしまいました。


「うわー、初弾が当たらないのはアルウェンの仕事だったのにー」
「無事に帰ったら話があります」
「球が前に出るぞ!」


 ジョンがスーの視線から、廊下の先を見渡して叫びます。

「……っとうわ、壁が全部溶け落ちてる!!部屋は昨日の倍の広さだ!!」
「では確実に行こう。まず《呪文抵抗分析(アセイ・スペル・レジスタンス)》――ほう、こう見えるのか。これはいい呪文ですね司祭」

「目視した相手、その一体だけに限られますが。効果は絶大ですよ」
「これならば確実に通せます。《気力減衰・最大化(エナヴェイション・マキシマイズ)》」


 矢を射るように、片目を眇めてジュイブレクスを指し、その指から迸る黒い光線を確実に命中させるサンダース。


「《朗唱(リサイテイション)》!アローナの滑らかなる歩みを止めうるもの、森羅万象に一つとてなし!!」
「ぬるぬるはやる気なく球いぢり!手も出せないようにしてやるっきゃらのー!!!」


 攻、とコンボイが呼気を鳴らし不意の攻撃に構え、クロエがその背で《召喚(サモン)》の準備を始めました。


「『虚無の球(スフィアー・オヴ・アナイアレイション)』の操作はかなりの難事です。ヤツでも一度に20フィートが限界でしょう。……そこに付け入る隙がある」


 高速詠唱で《気力減衰(エナヴェイション)》を立て続けに打ち込むサンダース。


「気力を殺がれれば、その分可動距離が減らされる。壁が落ちているのはむしろ好都合、このまま距離を置いてヤツを討つ」
「よしバッシュ!万一に備えて《燃え盛る激怒(バーニング・レイジ)》だ!」
「おう!」


 ジョンの魔力を受けて、全身から炎を吹き出すバッシュ。

「では《集団武器属性変更・善(マス・アライン・ウエポン・グッド)》!」


 全員の武器がアローナの善なる白いオーラに包まれます。これで、いくらかはヤツの打撃耐性を克服しやすいはず。

「いま再びしょうかーん、エルシアいちの巨大たつまきサイクロン!吸い込め、ダイソン!!」


 そして、クロエが部屋の中央に召喚した巨大な風の精が、あのときのようにジュイブレクスを取り込み、吸い上げました!


「い良し!ダイソン!そのままそっちの影までつれてけーっ!!」
「うまい!これでヤツからは球が見えない!」

「ではさらに《衰弱光線(レイ・オヴ・エンフィーブルメント)》」

 サンダースが着実にジュイブレクスの戦闘能力を引き下げて行きます。


「今の内にコンボイも燃えとけ!」
「きゃらの!」

『……あいつ、《てんい》するよっ』

「来るか!来なくていいのに!」
「むっ」

 生臭い風が一瞬吹いて、……私とバッシュのちょうど真ん中に。


 スイカと生肉の合の子のような。
 サメと芋虫が混ぜ合わされたような。
 魚の死骸が病気で溶け出したような。

 ――ジュイブレクス。“奈落にのたうつもの”。

「喰らえ!!」


 バッシュが振り上げた棍棒は、サンダースの《上級鍛剣呪付(グレーター・マジック・ウエポン)》と私の《集団武器属性変更・善(マス・アライン・ウエポン・グッド)》が重ねられていますから、幾許かの打撃を与えてくれるはず――


 だったのですが。

「きゃらの!粘体の癖に打撃武器がまるで効かないってズルくない?!」

 そう、バッシュの棍棒はまるで水を掻いたかのように、つるりとヤツの体表面を滑って、床を強かに打ちました。

「……くーっ」


 握り締めていた手に響いたか、バッシュが棍棒を捨てて後ろに跳び退ります。私も、《即行エーテル化(スウィフト・イセリアルネス)》で攻撃を受けずに(駆け戻ってきた)コンボイの後ろに下がり、そこから次の呪文を唱えました。


「《滅びの契印(マーク・オヴ・ドゥーム)》!汝、悪為せば報いを受けよ!」

 ……ほんとうは、手数のやたらに多いマリリスのために用意した呪文だったのですけれど。《契印》は白い炎の紋様となって、ジュイブレクスの表面にきらきらと輝いています。《契印》は、敵対行動を取るたび、その受け手を苛むのです。


 その聖なる《契印》を受けて、ジュイブレクスの体内から、半透明になった女性の姿か浮かび上がりました。

「レスビン女侯!もうすこしのガマンだぜっ」
『なんかくるしそうー』


 《契印》の苦痛が、内部の彼女にも与えられているのでしょうか?

「きゃらの!女王様は中まで邪悪になっちゃったのかもしんないし、そうじゃないのかもしんないし、またはこの蟲がそうさせてるだけかもしんない!つまり考えるだけ無駄!新呪文投入!《人狼の顎(バイト・オヴ・ワーウルフ)》ーっ!」


 クロエの頭から、犬――いえ、狼の耳が。そして、呪文共有をしているコンボイの姿が、直立する狼のそれにぐいぐいと変形していきます!

「コンボイ高速形態!がるるふぉーむ!!!そんでもってふるあたーっく!!!」


 いかなデーモンロードとはいえ、所詮粘体。コンボイの連打にはなす術もなくそこかしこを削り取られてゆきます。

「コンボイ!なかのおねえちゃんは傷つけるなよーっ!!!」


 ジョンの《呪文抵抗減衰(ローワー・スペル・レジスタンス)》が、ジュイブレクスの精神力を凌駕してその異界の抵抗力を引き下げると、

「もう一撃。呪文注入――《愚昧の接触(タッチ・オヴ・イディオシー)》」


 戦鎚に呪文を篭めたサンダースが、“奈落にのたうつもの”の大きな擬足を打ち据えて――ぎらり、と呪文が輝き、――戦鎚は、擬足の中に飲み込まれて、瞬く間に分解してしまいました!


「うむ、やはり。コイツは触れた武器を破壊する能力を持っている」
「そのために戦鎚を?!」
「あれだけが普通の武器だったのでな」


「きゃ、きゃらの!そんじゃサンダースもバッシュも全力で戦えないじゃん!」

 ぐ、とうねるのを止めて、“奈落にのたうつもの”の全身についた白く濁った目玉が、廊下の先を見つめ、――『虚無の球(スフィアー・オヴ・アナイアレイション)』がすこしだけこちらに近づきました。――止まる様子は、ありません!その正面に、バッシュとクロエ、サンダースが!


「やべぇーっ!!スー!!!」
『ほいきた、《でぃめんじょん・すてっぷ》っ』

 その刹那、私たちのブーツが淡く輝いて、


* * *
 次の瞬間、コンボイとクロエはバッシュの前、ジュイブレクスとの間に。ジョンは虚無の球の後ろへ。サンダースは私のいたあたりへ。私は、コンボイの後ろに。


「《次元移動阻害(ディメンジョナル・アンカー)》!」

 《転移(テレポート)》では逃がしません。なぜなら、バッシュが既に次の手の布石を準備しているのが見えたからです。愛用の長剣を抜き、より注意深く“奈落にのたうつもの”を観察する彼の姿が。


「……うむ。俺の意志力でも、『虚無の球(スフィアー・オヴ・アナイアレイション)』は止まらんか」


 安全距離をおいたことで、サンダースがもう一枚策を重ねようとしたようですが――黒い球は止まりません。ならば、操作するものを直接叩くのみ!


「呪文注入――《大いなる呪詛(グレーター・ビストウ・カース)》」
「きゃ、きゃらのっ?!アルウェンが呪文注入を?!」


 サンダースの戦いぶり、その技術。間近で見てきたものにとって、驚嘆と憧憬を禁じえないその能力。しかし、元はエルフの業であり、――ダスクブレードの開祖は、使用する呪文のほうに修正を加えることで、接触呪文を直接打撃へと変換したのです。
 これがその古の特技――呪文撃。

「通れっ!!」


 《呪詛》が篭められた矢は、置いた的を撃つよりもなお容易く、“奈落にのたうつもの”を貫きました。……が、黒く蠢く肉塊は、アローナの神罰を振りほどきます!

「くっ」
「惜しい!でも大丈夫、ちゃんと始末するから!コンボイ!」


 喝、と狼のような呼気を鳴らして、コンボイが突進します。そして繰り出される、いつもより数段速い爪爪爪爪!
 瞬く間に分厚い粘体が剥ぎ取られ、内側で苦しげに悶えていた半透明の女体が空気に触れます。そして、その影に見えるひと際大きな肉色の目玉!


「ここだ!コンボイ、《相棒縮小(リデュース・アニマル)》!!!」

 クロエが、コンボイの背を叩いてその背後に飛び降りると、コンボイの体が見る見る人の大きさへと縮んでゆき、


――その右手に、バッシュから“奈落にのたうつもの”まで一直線に通った間隙が現れ、

「……アローナよ、我に《犀の猛攻(ライノズ・ラッシュ)》を授け給え」

 ビーストランドに、竜をも殺す白い大犀がいるそうです。その突進は雪崩より速く、その一撃は津波より重いと。


――そのバッシュの猛突撃は、まさにその神聖な犀の一撃に匹敵するものでした。

 汚らわしい肉色の目玉に突き立てられた剣は、やすやすと柄元まで埋まり、……バッシュの一撃の重さと、“奈落にのたうつもの”の呪いとによって粉々に砕け散りました。


 もちろん、ジュイブレクスの巨大な体ごと、です。

「きゃらの!やったぜあんちゃん!!!」

* * *
 ジュイブレクスの死体から、生乾きの瘡蓋がはがれるように、どさどさと黒く縮み上がった粘体が剥がれ落ちて行きます。


 その中央には、美しい肢体の、色黒な女がひとり。

「あー……えっと」

 ですが、その黒さは、人の肌の黒さではありません。喩えて言うならば、そう、

 黒黴の――。


『ふむ。まずは礼を言おうかのう?人の身でよくぞジュイブレクスを討った。あやつはしつこくて喃――』

「れ、レスビン?」

『この肉はそういう名前じゃったらしい喃。さあ、褒美をやろう。選んでよいぞ、今死ぬか、後で死ぬかじゃ』


「うむ!“菌糸の女王”ザグトモイ!おまえはモルデンカイネンの“八者の円(サークル・オヴ・エイト)”に敗れたはず?!」
「な、なにぃー?!」
『しってるんださんだーすーっ!!』

『ほう、主はなかなか物知りのようじゃ喃。主のようなのが妾はいちばん嫌いじゃ』
「うむ奇遇だな」


 ひとりザグトモイの背後に立つサンダースが、彼女の注意を惹き――右手で顎を三回、撫でました。

――ニゲロ。

『まずはその球を返してもらおうか喃。それは妾のものゆえな』


――司祭、戦場での主導権(イニシアチブ)は大事ですよ。

「ふむ。返さない、と言ったら?」
『呵呵。呵呵呵。できるかどうか試してみるかえ』


――失敗したものの方へ近づくと思ってくれ。

 ……ならば、操作に失敗しても、サンダースの目の前からは遠ざかるはず!


「――来なさい、『虚無の球(スフィアー・オヴ・アナイアレイション)』!!!」
『む?!』


 私が己の心から伸ばした操作の細い糸は、つかみどころのない球の表面を撫で、しかし球がその糸を吸い込んで――飲み込まれる――糸を離して――……球は、ザグトモイの正面ギリギリで音も立てずに止まりました。


「惜しいっ」
『残念じゃった喃』
「もとよりうまくいくとは思っていません!本命はこちらです!《次元移動阻害(ディメンジョナル・アンカー)》!!」


『無駄じゃ』
 かわす素振りも見せず、ザグトモイは私の呪文を弾き飛ばしました。

『しかしお主らを絶望させるために、ひとついいものを見せてやろう』


 そう言うと、ザグトモイはぼろぼろと解けて――解けて! 次の瞬間、その隣に元通りに“組みあがって”いました!!

「そ……そんなバカな」
『じげんいどうじゃない!《てんい》じゃない!ありえないっ!』


『《転移(テレポート)》を封じられても、妾にはどうということはないのじゃ。そして――お主。お主は危険じゃ。あやつと――同じ匂いがするわいえ』


 ザグトモイがサンダースを睨み――『虚無の球(スフィアー・オヴ・アナイアレイション)』が今まで見せたこともない速度で反応し――サンダースは右手で顎を――


――イマダ。ニゲロ。

 死の翼が飛ぶ如く――『虚無』が――

 ――サンダースが。

「スー!」
『あい!《せれりてぃ》!』

* * *
『《でぃめんじょん・すてっぷ》!!』

* * *
「掴まれ!!―《転移(テレポート)》っ」


* * *

* * *

「……あ……あれ? おかしいよ? クロエ、蝙蝠になってないのに……どうして《転移(テレポート)》できたの?」

「……クロエ……」


「おお、皆さん!ご無事でしたか!!」

「……おにいちゃんは? サンダースのおにいちゃんはどこ? ねえジョン、サンダースは?」


「……」

「……おい、兄弟、まさか……」


「……あのひと……“消える”直前……笑って……」


 囮に。球が逆方向に飛べば、二人、いや三人は“消えて”いたでしょう。
 ……ザグトモイが興味を持った対象から、心変わりをさせないために、敢えて戦場の『主導権(イニシアチブ)』を――捨ててまで――



「ねえ!だれかなんとか言ってよ!!こんなの、こんなのいやだよ!!」


 その指は呪文を盗む域にまで達した、“ダスクブレード”、コアロンの使徒、サンダース。

――わたしたちは、彼の故郷も知らないのです。

* * *

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