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【D&D】07:撤退

* * *
『あらあ、死んじゃってる』


 廊下の角から、声がしました。角の陰に飛び出して見えるのは、二つの大きな――胸、です。威嚇的かつ扇情的なホルターにかろうじて支えられた巨大な双つの乳房が、角の向こうにいる何者かにとって、体の一番前にある……といいたいのですか悪戯好きの神よ。

 角の向こうの人物は首をかしげたらしく、重そうな胸(なんかもっと下品な表現が似合う気がします。そ、双乳?)が、ゆさ、と揺れ、

「めーとるっっ!!!」
「……なんですか、それ」
「クロエが考えたおっぱいの単位!ぐるっと胸囲測って1ヤードを越えるのを“めーとる”と呼称するのっ!!!」

 ミハもそのくらいあった、とぼそぼそ呟くクロエ。

「ま、たしかにデカイ」
「うむ」
「イラっとした!ムカってなった!でてこいおっぱい、退治しちゃるっっ!!」


 えっと、もっと本質的なところに突っ込みましょうよ。

「頭より高いところに見え隠れしてる胸って、おかしいでしょう!!!」

『おかしくはないわよう、私おおきいんだもの』


 ずるり、と長い尾を引いて廊下の角から進み出たもの。

 美しい女巨人。――ただし、下半身が大蛇。
 白磁の肌、金色の瞳、豊かな乳房を持つもの。――ただし、腕が3対6本。


 黒髪を固く結い上げた、6本の腕と大蛇の下半身を持つ巨大な美女。

「うーむ、マリリスか」
『ご明察ぅ。でも名乗らなくていいわよね、みんな死ぬんだし』


 一番下の腕は腰に。中の腕で胸を下から支え、上の腕は胸の上に置くことで自分の曲線を一層強調した魔鬼(デーモン)マリリスは、己が肉体美が誇らしいのか、時折卑猥な具合に胸を揺する有様。


「うっわはみ出しそう」
『でっけー』
「じょ、ジョンにいちゃんがめーとるの魔力にっっ」

『ヴロック共、ぜんぶ死んでるんだもんなぁ。せっかく応援に来たのにぃ』


 マリリスの腰の後ろには、大剣と見紛う大きさの長剣が全部で6本。――あれ全部振るうんですよね、きっと。

『これじゃ来た甲斐ないなあ。ねえあんたたち、逃げてもいいよ? 戦うの面倒だし』


「とりあえず《呪文抵抗減衰(ローワー・スペル・レジスタンス)》っ」
「理よ繋げ、《次元移動阻害(ディメンジョナル・アンカー)》!!」
「うむ《衰弱光線(レイ・オヴ・エンフィーブルメント)》」


 反論の代わりに投げられた3つの呪文は、しかし、マリリスの強大な呪文抵抗に阻まれ、岩に叩きつけられた波頭のように、魔力はしぶいて掻き消されました。

『ふうん、やるきなんだ。じゃあこっちもね』


 かちかち、とマリリスの背の剣がぶつかり合って鳴り、腕の一本がこちらに向けて突き出され、

「ヤベぇ、《神速セレリティ》!!!」


* * *
「《力場の壁ウォール・オヴ・フォース》……くっそ、擬似呪文能力で《刃の障壁ブレード・バリアー》だって? 二度は防げない、おまけに廊下じゃ狭すぎる!」

* * *
『?!』


 マリリスの掌から放たれた魔力が、無数の剣となって廊下にひしめかんとしたその時、彼女の突き出した腕の正面に、薄く輝く力場の壁が!


『直撃コースだったのにぃ。ま、いいか』
「こいつ、擬呪で《刃の障壁ブレード・バリアー》を撃つぞ!撤退だ!!」
『うふん、小癪。一発くらいヤらせなよぅ』


 鼻にかかった甘い声で、恐ろしいことを呟くマリリス。彼女は無造作に、もう一度《刃の障壁ブレード・バリアー》を左の壁ぞいへと放ちました。辛うじて直撃を逃れる私とバッシュ。しかし。

「出口が!!」


 新たに張られた《刃の障壁ブレード・バリアー》、甲高い音を立てて回転する無数の刃が、この廊下に入ってきた階段との出入り口を塞いでいるではありませんか!

『さあ、どうするぅ?』
「アルウェン!バッシュのあんちゃん!!」

「……良く見て、避けられます」

 そういい残したバッシュが、躊躇いなく刃の壁に突進しました。魔力の刃が回転する方向にあわせ、きりもみしながら剣の壁をすり抜けるバッシュ。受身のために二度転がり、階段側の部屋、ジョンの隣で造作もなく立ち上がったのが見えました。……うはぁ、無傷です。


「見ただけで真似できるなら、今頃私はダスクブレードですっ」

 アローナよ、お守りください!! ――私も、意を決して剣の暴風の壁へと身を投げました。

「痛っ」
 バッシュのようには流石にできず、肩口や腰をしたたかに打たれましたが、セレスチャル・アーマーは打撲以上の怪我を許しはしません。


「よし、《転移(テレポート)》!!」

 転移の瞬間、マリリスのあざ笑うような舌打ちが……聞こえたように思います。


* * *
 逃げ戻り、状況を伝えると、皆の顔にやや明るさが戻った……と思ったのは、少々早計だったのでしょう。

 そう、今にして思えば。


* * *
 イスティヴァンに着いて、2日目。

「……いや、昨日はひどかった」
「ブラックプティング。デススラード。もっかい黒プリン。SMAP。で、めーとるっ」


「どうでしょう、なんとかなりそうですか皆さん」
「平気へいき、とりあえず四天王の2人まで倒してきたから。あと2人プラスボス、ってところだろ。もう一日二日ガマンしててくれよ」


 ジョンが避難所の重苦しい空気を払うように、実に楽天的な見込みを宣言しています。

「えーっと。《英雄の饗宴(ヒーローズ・フィースト)》が少し余るので、調子が悪い人とか食欲がない人はご一緒にどうぞー」


 と声をかけたのですが、――朝の食事風景が、こんなに殺伐としたジャンケン大会になってしまったのは、私のせいなのでしょうか。えーと、どうしましょう。


* * *
 さて。ゼラチナス・キューブがいた角を曲がると、まっすぐ正面に、かつては美しかったであろう両開きの扉が一つ、その手前に十字路、そして一番手前には、廊下の左右対称になる位置に、同じ意匠の扉がひとつずつ。


「……」

 手前の扉で耳を澄ますバッシュ。

「どう?あんちゃん」
「……たゆんたゆん言ってる」
「きゃ、きゃらのっ。ダメな擬音だっ」
「……ぷるんぷるんかも」
「ぼよよんぼよよんとかかっ……うん、ゴメンつい」
「どのくらいの大きさだと思いますか」


 私の質問に、バッシュが足元を指差しました。扉と床の隙間から、ジワリと染み出している黒い汁。

「……多分部屋一杯」
「よし、無視しよう」


 バッシュは肯くと、そのままそっと十字路先の扉の前まで進み、同じように耳を澄ませました。固唾を呑んで見守る私たちの、

『待たせたかい?』


 期待を全く裏切って、昨日のマリリスがバッシュの背後に突然出現しました。

「しまった、《上級転移(グレーター・テレポート)》!」
『抱きしめてあげるよぅ』


 虚を突かれたバッシュの体を、その太い尾で捕らえ締め上げるマリリス。必死に抗うバッシュ、

「あんちゃんを放せーっ!!」

 コンボイを駆り突進するクロエ、


「うむ《次元間跳躍(ディメンジョン・ホップ)》」

 マリリスの正面から、バッシュに触れてコンボイの後方に彼を転移させるサンダース。しかし、鉄をもへし曲げるマリリスの締め上げで、バッシュの意識はすでに飛んでしまっていました。


「きゃらの!あんちゃんがおっぱいの圧力で気絶してるっ」

 クロエが放った《大治癒(ヒール)》も、気絶した彼を正気づけるには至りません。


「アルウェン、《万能治療(パナシーア)》とかないのか?!」
「無理です!気絶から回復させる治癒呪文は存在しません!目を覚ますまで持たせてください!!」
「にゃにぃ?!」


『それじゃあんたに相手してもらうよ色男』
「うむ、御免蒙る」


 マリリスの六本の大剣攻撃を辛うじていなし堪えるサンダース。ですが、マリリスの巨体で頭上から力任せに振り下ろされる巨大な長剣は、少しずつ彼の身かわしの位置を狭めて行きます。


『ほらほらぁ、後がないよう?』
『ないときはつくる!《でぃめんじょん・すてっぷ》っ』

 マリリスが嗜虐の愉悦に歪んだ笑みと共に繰り出した必殺の一撃は、スーの絶妙の呪文で空を切りました。


『?!』
「うむ、スー。助かったよ」

『じゃあ、お熱いのをお浴び!!!』

 マリリスが、眼光鋭く睨んだ先。ジョンの隣で、たぷんたぷんと音の聞こえていたあの扉が、何者かの手で開けられたかのように――開き――中からは、大質量のブラックプティングが――


「ちょwww《神速セレリティ》」

* * *
「悪い冗談だぜ、まったく。《力場の壁ウォール・オヴ・フォース》……ああああー、昨日と今日で1,000gpの出費かよっ」


* * *
 ――ジョンの《力場の壁ウォール・オヴ・フォース》に遮られ、出てくることができずに、でぷんどぼんと波を打っています。


『ちっ、せっかくのおもてなしを。無粋だねえ』

「アローナよ……我に悪を止める力を授けたまえ」


 コンボイの後方、十字路の影に駆け込み、私は一つの呪文を準備しました。バッシュの動けない今、どんな手段でも試す価値はあるはず。


「行くぞ六本腕ーっ!!《ギラロン》に重ねて!触手プレイ!《エヴァードの剣呑な触手(エヴァーズ・メナシング・テンタクルズ)》!!!」


 クロエとコンボイの肩口から、黒々とのたうつ、丸太のように太い触手が二本……ぬめぬめと生えそろい、目を剥くマリリスに撃ちかかります!


「もう大抵のことじゃ驚かない、と毎回思うんだが」
『まいかいおどろいちゃうよねっ』


「腕が四本!触手が二本!合わせて六本!勝負だめーとるっ!!」
『ふふん? 胸が足りなくないかい?』
「ぜ、ぜったい死なす!!」


「うむ、とりあえず萎んでおくがいい。《気力減衰(エナヴェイション)》」
「きゃらの!やったサンダースのおにいちゃん、さすがぺたん娘の味方!」
『く、くきい!小癪なまねをっ』


 黙々ともう一枚の《力場の壁ウォール・オヴ・フォース》で反対側の扉にも安全弁を用意するジョンが、ちょっと蚊帳の外な具合でしたが。


『ららららららっ!!!』
 マリリスの剛剣と、

「畳め、コンボイ!!」
 応っ。


 コンボイとクロエの連携攻撃が、狭い廊下の空気を一気にかき乱します。互い、恐ろしいまでの斬撃と握撃とが行き交ったその刹那。

「血液の闘法、《血風拳(ブラッド・ウィンド)》!!」


 コンボイの背後、投げナイフの間合い(20フィートの距離)から、私の拳が――拳に等しいほんの小さな血の霧が、マリリスの肌にかるく載せられました。触れた拳には、先ほど用意した一つの呪文。


「おおアローナよ、悪には悪の報いを!良心の目覚めは《大いなる呪詛(グレーター・ビストウ・カース)》となれ!」

『な……え、あ、あたしになにをした?!』


 《大いなる呪詛(グレーター・ビストウ・カース)》。行動のほとんどを妨げる吐き気、生命力を極限まで削る聖疫、呪文の使用を禁ずる誓約。――そうした“呪い”を与える呪文です。本来は、罪人にその償いのため与えるもの、なのですが。


 ぎくしゃくとした動きで、触れられた箇所を確認しようとするマリリス。しかし、そんな些細な行動も《大いなる呪詛(グレーター・ビストウ・カース)》は見逃しません。


『か……体がっ……動かな……い……?』
「解説ご苦労!!コンボイ、絞れ!!!!」

* * *

* * *
「……ふう」


 目覚めたバッシュが、頭を振りながら立ち上がります。背後では、ジョンとスーが無言で、ブラックプディング部屋の扉を閉めなおしています。


「うむ。呪詛を準備したときは、飛び込むのかと思ったが」
「すこし前から考えていた手段なんですが、準備の手間があってあんまり実用的じゃないです」
「きゃらの!アルウェン、呪いは悪じゃないのん?」
「たとえば、『人を騙そうとすると吐き気がする』呪いはどうですか?」


 呪いだって使い方しだいで、善い目的に充てられるはずです。

「むう……なんかうまく騙されてる気がするー」

「……えーっと。じゃあ、改めて。正面、開けていいかな」


 バッシュが尋ね、全員、静かに肯きました。この先、いまのマリリスよりも強力な敵がいるに違いないのですから。

* * *

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