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【D&D】03:再会

* * *
 ねとつく石畳を踏みしめながら、見覚えのある霧の異界を、南へ。左右に立つ建物も、石と石の隙間、煉瓦と煉瓦の間から、ほの黒い粘体が染み出し、その水分を追って掌ほどの厚みのコケやカビが、さらに湿気の多い/風の当たらない建物と建物の間に繁殖しています。


 そして、雑草のように遠慮なく生え蔓延るさまざまのキノコ。

「原生森どころか洞窟の中みたいですよ」
「司祭、ドワーフが聞いたら気を悪くしますよ」


 サンダースに窘められてしまいました。……こんなに霧の濃い土地は、見たことがありません。重く、暗く、しかし温く。肌にまとわりつく、ひたすらに不快な――体にカビが生えそうです。

「この湿度、この空気……」
『?』

「これは『いやん、おっぱいに服が張り付いちゃう!』とかやれるな!!」
「うぇっとあんどめっしー!ジョンは分かってる!」


 なーにーをーするつもりなんですかー、二人とも。

「その場合、この霧の中を濡れそぼちつつ、腕組んで歩んでくれる良い女など必要なわけだが」
「同伴出勤!いいね、金をドブに捨ててるカンジの遊びっぷりだ!後腐れのなさそうなのがまたイイ!」
「……えーと」


 ああ、バッシュ。勢いで喋っている遊び人の表情を見るといいですよ。
 彼は、この街の知り合いがどうなっているのか心配でならないんです。


「ふむ、まああれは面白い店ではあったが……」
「きゃらの!おにいちゃんたちが遊びに行く店、変わってるな!」
「や、普通!普通!ヘンなことしてないから!」


 全くの無駄話を、互いの不安をかき消すためだけに続けながら、なじみの十字路を、左へ。
 そこにあるはずの、大商会。

「……」


 リンチ商会は、焼け落ちていました。石造り3階建ての、交易所と倉庫とを含む、その街区の3分の1を占める大商会、リンチ。その賑やかな建物は、屋根は落ち鎧戸は破れ、壁には火災の後か黒い煤があちこちから上に向かって刷毛ではいた様に延びています。


「あちゃー」
「うむ」

 ……なんでしょう、この違和感。

「……見たところ、街の中でも直接に攻撃を受けた様子のところは少ない」
「うむ。急激な環境の変化で、不意の事故を起こした家……は結構見かけたな」


 火事やなにかのことですか?

「特定の場所はキノコ……というより魔性のファンガスに襲われたような様子ではあったね」
「扉にも攻撃の後はない。むしろ、侵入してきたキノコ共を焼くために館を使ったと考えるべきだろうな」


 違和感の正体はそれですか。たしかに、館は満遍なく火が出て焼け落ちたように見えます。?……えーっと、それって……魔性を持つファンガスを操る『何か』がいるってことじゃありません?

「おーい」


 しかし、私の質問は、その呼び声で遮られ、答えるものもありませんでした。


 声の主は、向かいの建物の2階から。鎧戸を細く開け、口にはバンダナでマスクをし、私たち以外の何者の注意を惹くのも避けたい、とばかりに小さな声で、「ぉ-ぃ」と。見たところ、ジョンやサンダースと年の頃の近い男性のようです。

「むむ」
「おー」

 知り合いですか?

「コトリがやってくれたか。さあ、早くこっちに入るんだ兄弟」

 そう声をかけ、素早く鎧戸を閉める青年。――あれ、誰ですか?


* * *
「よく来てくれた、兄弟!」

 親密げに抱擁をするジョンと若者、サンダース、バッシュ。

「うむ、無事だったかね若」
「おかげでね」

「おお、よく来てくださいました」


 ヨハンさん。そして、建物の中に隠れ潜んでいた、年齢も性別もさまざまな、しかしそのお仕着せには見覚えのあるひとたち。

「皆さん、良くご無事で」


 リンチ商会の人々です。一様にくたびれた風情ですが、正の次元界のオーラ――治癒の力によって、怪我や病気と言った様子は微塵もありません。


「コトリが《転移(テレポート)》に成功したのですね!よかった、昨日は一日やきもきしておりました」
「悪ぃ、追っ手がかなり強烈だったんでこっちも手間を食ってな」
「一応お聞きしますが、治癒呪文が必要なかたはいますか?」


 屋敷が焼け落ちたなら、あるいは、とも思って尋ねて見たのですが。


「ああ、そういうのはないです、大丈夫。この界隈でも一番魔力の気配が漂う屋敷として襲われたのでございましょう。逆手にとって、火計を仕掛けてやりました。なに、この良くわからない状況をワシらだけでどうにかできるとは思っておりませなんだで」


 首尾よく皆様が来てくれました。《転移(テレポート)》の巻物を無駄にした甲斐があったというものです。とヨハンさん。


「ちょいまち」
「? なんでしょう」
「……じゃーあれか、コトリさんが怪我してたのは」
「不器用な娘でしてなあ」


「巻物発動の失敗かよ!暴発かよ!……あーもう心配して損した」
「とは申されましても。《転移(テレポート)》の呪文が使えて、かつ皆様にお願いに伺えるものともなりますと非常に限られるのでございます」


 ……? 若、と呼ばれた青年が、わたしとクロエとを遠慮なく矯めつ眇めつしています。ややあって、バッシュとジョンの肩を強く叩き、


「よっく分かった。そりゃあれだ、あれじゃ物足りないよな!全部片付いたら、イイ店いこうイイ店」


 な?な?すっげぇ『こう』で『こう』なオンナがいるんだよー、と同意を求める青年、親指を立てるジョン、顔を赤くするバッシュ。


「……いや、お恥ずかしい。本来ならば次期当主たる若に《転移(テレポート)》していただくべきだったのですが」
「きゃらの!『リンチ商会の使えない息子』!実在してたのかっ!!!!」


* * *
 余談。


 正の次元界のエネルギーは、地に還るべきものは速やかにそのようにしてしまいます。つまり、食品の持ちははなはだよろしくない、ということです。

 ここに一昨日から隠れていたみんなは、やはり食うものも食わず、と言った状態で、部屋の隅にある井戸から大事に汲んだ水を分け合って耐えていた、ということでした。


 ので。


 赤い手戦役の癖で荷物に詰め込まれたままの保存食をみんなに提供しますと、皆礼もそこそこに手際よく取りわけ、あっというまに平らげてしまいました。


「……であれば、水も必要でしょう。《水の創造(クリエイト・ウォーター)》で清潔な水を用意しますから、容器などあれば」

「聖水かっ?!」


 にじり寄る若君。目がなにか、邪な期待に満ちています。

「……いえ、若。普通に、只の、水ですよ。清潔なだけの」


「エルフの司祭が放出する水だよな?!つまり聖水だよなっ?聖的な意味でっっ?!」


「クロエ、なんだかこのひと怖いです」
「きゃらの!バッシュにさっきしてあげたみたいに聖水プレイしたら喜ぶと思うよ!」
「せ、聖水プレイ!やっぱりあるんだ、オプションが!!!!」


 ――あー、若はそのあとヨハンさんと数人が、猿轡の上、簀巻きにして部屋の隅に転がしてしまいました。もう。


「ところで、クロエはどこでそういう下世話な単語を覚えてくるんですか」
「きゃらのっ」

* * *

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