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【D&D】『赤い手は滅びのしるし』49・49日 噴水広場

* * *
 アビスライアクスは、竜である。全身の鱗は炎のように赤く、身体は山のように大きい――山のように、というのは本人の自惚れもあるが、実際、人間の家よりも大きいその身体は、この300年、一度として傷つけられたことはなかった。

 竜の人生は、退屈との闘いである。竜を傷つけられるものはいない。したがって、竜は危険を冒すスリルを感じない。竜は強大である。したがって、強くなろうと言う向上心を要しない。ただ生き延びさえすればよい。そして、竜に手に入れられないものはない。だから、物欲は決して竜を満足させない。

 そのアビスライアクスが、この2ヶ月ばかりは心の底から楽しんでいた。戦争である。ティアマトの信徒を名乗るホブゴブリン、ハーンが、配下数千を引きつれ、東の谷を全て焼き尽くすから手伝えというのだ。人間がエルシアと呼ぶその谷の、点在する村も街も全て焼き払うのだという。最初、この話が持ち込まれたとき、アビスライアクスは使者のホブゴブリンを食い殺した。
 しかし、使者が2度3度と来るにつれ、アビスライアクスはその話に興味を向け始め、最後にハーンが現れたとき、アビスライアクスはこの話に用心深く乗せられてやることにした。やがてアビスライアクスはこの戦争に狂喜し、殺戮に熱中した。

 鉄の鎧も盾も、アビスライアクスの爪や牙を止め得ない。脆いのはむしろ、人間の勇気とやらである。彼が姿を見せると、どんな人間も恐怖におびえ身をすくめ、あるいは背中を向けて逃げ出した。悠然と飛んであとを追い、その場でかみ殺さぬよう犠牲者を咥えあげ、ややあってから人間の軍勢の上へバラバラに引きちぎってぶちまければ、人間たちの間からはこの耳に快い悲鳴と無力な怒声とが上がるのだ。

 勇敢に立ち向かう愚か者には、わずかな希望を提示した上で一騎打ちの真似事をし、土壇場で炎の息を吹きつけて、愚か者が守ろうとした村を焼いたりもした。怒りと恥辱と絶望にまみれる人間の表情が、彼は好きだった。弱者がいるからこそ、強者は強者たりえる。弱い生き物を踏みにじることは、彼にとってごく自然な行動規範であった。

 だがテレルトンでは、かなりいいところまで料理をこしらえておきながら、獲物にみすみす逃げられるという出来事があった。孤立させていたはずの守備兵たちを、誰がどうやって助けたのかは結局、よく分かっていない。あれだけ周到に用意した絶望の舞台を台無しにされたことに、アビスライアクスは激昂し、その知らせを伝えに来たソーサラーをずたずたに引き裂いてしまった。
 穴だと?ばかばかしい。おそらくは高位のウィザードが転送術を駆使し、孤立していた守備兵たちを救出したにちがいない。

 しかし、ということはだ。

 そのウィザードは、すなわち、かなりの魔法の品々を身につけているに違いない。アビスライアクスはほくそ笑んだ。そいつはこのアビスライアクス様がすべていただくとしよう。無論、只で済ませるつもりはない。竜の楽しみを台無しにしたものにどんな災いが降りかかるのか、その身で確かめるがいい。

* * *
 そしてアビスライアクスはついに第2の目的地、ブリンドルへと到達した。しかし、伝令が伝えてくる話はどれもアビスライアクスの期待を裏切るものだった。曰く暗殺の失敗。曰く内通者の発覚。曰く火計の不発。そして、アビスライアクスが食事を取っている間に、攻城役の巨人が全て屠られてしまったというのだ。

『かくなる上は、アビスライアクス。お前にあの城塞都市を蹂躙させる他なさそうだ』

 ハーンが苦々しげに言った。竜に頼みごとをするのは高くつく、と知っているからだ。

『ミハの報告では、“アローナ急行”とか名乗るふざけた冒険者の一団がいるらしい。人数は5人、戦士が3、術者が4』

『数が合わぬぞ』

 アビスライアクスが鼻で笑った。ホブゴブリンは全く愚かだ。

『事実だ。二刀流の軽戦士、魔法剣士、大猿を駆るドルイド、弓使いの司祭、そして召喚術師』
二足の草鞋マルチクラスなど恐るるに足らぬわ』

 だがアビスライアクスの興味はその召喚術師に集中した。おそらくそいつがテレルトンの一件に関わっているのだろう。ならばその装備は素晴しい魔法の品々でなければならない。その内心の強欲を隠そうともせず、アビスライアクスは巨大な牙をむき出しにして、硫黄臭く笑った。

『任せておけ。目障りなものは全て破壊してきてやろう』

 ぐっと首を持ち上げると、大船の帆ほどもある巨大な翼を広げ、アビスライアクスは朝焼けの空に飛び立った。

* * *
 門の守備兵は、アビスライアクスの姿を見ただけで恐慌状態となり、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。炎の息を吐くまでもないが、己の力を誇示するいい機会だと考えたアビスライアクスは、あえて門を突き崩した。背後で遠巻きにしていた赤い手の軍団は、瞬く間に破壊されてゆく門を見て一気に士気を高め、うねり猛る軍勢の咆哮はびりびりとアビスライアクスの翼皮膜をふるわせた。

 そのまま、逃げ惑う兵隊たちを睥睨しながら、ブリンドルの街の上空を行く。砦と神殿と、屋敷と劇場と、有象無象の住まう家々の屋根。

『ふん』

 アビスライアクスは、人間の芸能とやらも嫌いであった。そんな余芸で、退屈を紛らわせることができるという人間の低能さは軽蔑に値した。……アビスライアクスは、劇場を粉砕することに決め、高度を下げて接近した。

* * *
 テントを裂き、舞台を砕き、客席を打ち崩す。劇場を瓦礫に変え、まだ形があるものはないかと見回すと、正面の通りに人間たちの姿があった。

 アビスライアクスの姿を目の当たりにしても逃げていかない。大猿と、剣士と、棘盾と剣の二刀使い。アビスライアクスは、そこも射程と見て取るや、即座に炎の息を吹きつけた。召喚術師がいないのは好都合、邪魔な前衛は消し炭としてくれる!!

 いつもより心持ち長めに吹き付けた呼気の炎が晴れたとき、アビスライアクスは眦を決した。通りの両脇は猛然たる炎と煙とに包まれているのに、炎の息を吹きつけた連中は平然と立っている!

 アビスライアクスはたちまち空へと飛び上がった。炎の守りを使う人間も稀にはいる、と言うことを、久々に目の当たりにしたからだ。人間の小賢しさも、アビスライアクスを苛立たせた。所詮人間がどれほどあがこうと、竜に敵うはずがない!
 進路を北に取り、連中の頭上を越え、北門の橋の上空で大きく弧を描いて旋回する。連中が“急行”とやらであろう。通りの先、噴水のある広場に、黒い旅装の男と、弓を持ったエルフ女の姿があったからだ。こうして噴水の広場を正面に見据えれば、先ほど殺し損ねた大猿とその乗り手、剣士と二刀使いも噴水の周囲からこちらを見ている。……いや、睨んでいる。

 アビスライアクスは咆哮をあげた。勇猛たる完全生物、竜の姿を見て恐れぬばかりか敵意をぶつけて来る愚か者どもを、恐怖の底に叩き落さずにはいられなかった。そして、速力を上げ、噴水広場に迫る。目的は只一人、黒い旅装の男。奴が召喚術師に違いない!かすめ飛び、引っさらい、邪魔の入らぬ場所でバラバラにしてその財宝を独り占めにするのだ!!

「させるかー!!!対空迎撃、《足止め》昇竜拳!」

 角度をつけて低空へ侵入しようとするアビスライアクスの進路に、大猿の拳が伸び上がった。背には白い翼を生やし、太い腕を大きく伸ばして先へゆかせまいとする。アビスライアクスは、その左右のどちらを抜けて召喚術師を狙うかに気をとられ、
 大猿の上に跨った小娘が呪文を唱えるのに気づくのが遅れた。
「《風よ吹き降ろせダウンドラフト》!!」

 吹き降ろす突風がアビスライアクスの全身を打つ。速度は凄まじいが、叩きつけられるのは免れ、アビスライアクスは地面に降り立った。……引き摺り下ろされた。正面には二刀使いと魔法剣士。しかし、二刀使いの方は竜を目の当たりにした恐怖で顔面蒼白だ。

――こやつはたいしたことはあるまい。

 アビスライアクスが二刀使いを侮った次の瞬間、左肢に激痛が走った。

見下ろせば、二刀使いがその剣を鱗の隙間へと深々と突き立てている!!身を竦ませる恐怖は奥歯で噛み殺して、前へ。己を鼓舞するために猛るでもなく、吼えるでもなく。恐れ怯える者でありながら、二刀使いは、まるで藪へ手を突き入れるがごとく無造作に、泥に棒を差し込むがごとく易々と、その剣を竜の玉体に突き立てたのだ。

 そして、二刀使いは、アビスライアクスを“睨んで”いた。今の一撃の効果を計るかのような目であった。恐怖がある。確かに二刀使いの目には恐怖がある。だが同時に、二刀使いの眼光には、この長い竜の生において一度も見たことのない、凄まじい気魄が満ちていた。

 アビスライアクスの身がすくみ、胃の腑が持ち上がった。せり上がるムカつきに、アビスライアクスは……■■した。こいつは間違いなく俺の巨大な姿に恐怖を覚えている。だがなんて目で俺を見やがるんだ!!

 アビスライアクスは■■した。それまでに、一度として覚えたことのない感情であった。だから竜は、その気分を『苛々する』と考えた。長い長い竜の一生において、はじめて経験すること、というのはそう多くない。それでアビスライアクスは、同時に戸惑いを覚えていた。

――この感情はいったいなんだ?なぜこの二刀使いから目が放せない?

 人間は知っている。その感情を。勇者の怒りが眼光鋭く悪を刺す時、己の破滅に思い至った悪しき精神が押し込められる暗い檻……人、それを『恐怖』と言う。

 アビスライアクスは知らない。自分が目の前のちっぽけな人間に、バッシュの眼光に『恐怖』させられていることを。

 アビスライアクスはいま、生まれてはじめて『怯えて』いた。

* * *
「《威圧打撃》通った!さすがバッシュ、《ドラゴンの敵》!」
「うむ、やつが昔『俺が得意な敵はドラゴンだ』と言ったときは笑ったものだったが」
「あとで謝りましょうね!《正 義 の 祝 福ブレッシング・オヴ・ザ・ライチャス》よ、我らの剣に!拳に!力に宿れ!」
「みっくみくにしてやんよー!!」

 次の10秒で、コンボイ、サンダース、バッシュの攻撃が一斉に決まり、アビスライアクスの全身は、鱗ではない赤色で染まりつつあった。

* * *
 逃げるのではない。態勢を立て直すために、一度離れなければならない。アビスライアクスは、翼を広げ、大きく距離を取った……取ろうとした。

「逃がさーん!」

 大猿の乗り手が大声をあげ、よろめきながら羽ばたこうとしたアビスライアクスの肩と翼を、四本の腕で掴みとめた。

「《足止め》凶悪だなあ」
「言い張り系対空迎撃技、《足止め》昇竜拳に続く第二弾!《足止め》キン肉バスター!」
「やってることは《足止め》だが、うむ、必要にして十分だクロエ!」

 離れなければ。離れなければ。あの男があの目で睨む。追ってくる。こんな苛々した気持ではうまく戦えない。駆け込んでくる。あのスパイクドバックラーが俺を撃つ。逃げなければ。あの剣を突き立てられる。離れなければ。痛い。痛い。竜は最強の生物なのだ。こんなことで、こんなところで殺されるはずが、殺されっ

* * *
「アビスライアクス、討ち取ったりー!!」

 いつものようにクロエがコンボイで竜の死体をバラバラに引きちぎります。その首を高く掲げ持つと、周囲を遠巻きにしていた赤い手のホブゴブリンたちは、悲鳴を上げて我々の視界の外へと逃げていきました。

「次の指示が来ました!『西門正面の大通り防衛を援護して欲しい』と!」
「あー、こいつが西門崩壊させちゃったからなあー」
「よし、行こう!」
「うむ!」

* * *

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