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【D&D】『赤い手は滅びのしるし』29・22日夕 テレルトン(2)

* * *
 急作りの砦柵の、その内側へ。テレルトンにはブリンドルほどの城壁はありませんが、年代物の低い城郭で小さな旧市街をどうにか守ることができたのは、どうやらその小ささゆえ、ということだったようです。

 穴をでて、周囲を見渡し、瓦礫の間を縫って怒声の聞こえる市門のほうへ。門の内側には、これでもかと土嚢や壊れた馬車が積み重ねられており、門の横、城郭の上には、いまやあらゆるものが乗せられ、また燃やされていました。

「火を絶やすな!どの方向にも目を見張れ!攻撃を、一時間でも十分でもいい、遅らせるんだ!!」
「水……水をくれ」
「治療の心得のあるものはいないか!!だれかコイツを診てやってくれ!!!」

 兜の下、鎧の下に、生傷、包帯、そして乾きかけた血と泥とが見え隠れする兵士たちが、あるいは背を丸めあるいは怒り、あるいは戦友に肩を貸して少しでも安全な場所へと足を引きずりながら歩き、あるものは力なく壁に寄りかかり、あるものはクロスボウの絃を締め、柄に手をかけて不安げに辺りを見回すもの、城壁の上のかがり火に薪をくべるもの、そのそばで油断なく壁の向こうを見張るもの、と……この周囲でも10人以上はいるようです。

「……ええっと。すみません、守備隊長はどこですか?」

 一番手近の兵隊さん……打ち込まれた矢と石飛礫をかき集め、もとは何色だったかもわからないほどに汚れたマントでそれらを束ね、塀沿いの弓兵たちのところに補給へ戻ろうとしていた若者に、声をかけました。

「な、なんだあんたら。どこから入ってきた」

 ぎょっとして彼は、手にした矢弾やなにやかやを取り落としそうになります。声をかけた私の後ろには、馬ほどの大猿、泥まみれの得体の知れない戦士が二人、かたや異様な盾を持ち、かたや盾も持たない軽戦士。傍らには、これも泥だらけの、しかし飄々とした空気の優男。私の足元には子供よりも大きかろうという泥んこ大アナグマ。……声をかけてきたのは、弓を片手の(やっぱり泥のついた)エルフです。

 まあ、退きますよね。

「……」

 バッシュが、後方を肩越しに、親指でさし示しました。ジョンとサンダースが、親指を下に向けます。無茶な脱出計画ですが、それでもこの作戦、私たちの頬を緩めずにはおきませんでした。

 ので。

 兵士が見た光景は、こうです。

『不敵な笑顔で、めいめい足元を――親指や人差し指で――差す泥つき冒険者、の一団』。

* * *
# # #

 矢も剣も、癒し手も術者も戦士も兵も、なにもかもが足りない。もう、それは仕方のないことだった。噂の一団が、ドレリンから凶報を獅子騎士団に託してきた。それから2週間、ついに奴らはこのテレルトンまで押し寄せてきた。
 しかし、ここで巨人の足の裏に刺さった棘のように、すこしでも奴らを煩わせられれば、それだけで街のみんながもう少しだけ遠くに……ブリンドルのそばまで避難できる。旨くすれば、ブリンドルの中まで。

 俺たちはここで全滅するかもしれないが。

 この半日、水さえ口にしていない。今年の梨は良い出来になると思っていたのだけれど……と、果樹園のことを思い出したら涙が出そうになった。あの果樹園はもう、ない。奴らに、あの赤い手の軍勢に焼かれてしまった。歯を食いしばり、大股に進む。着慣れない鎧が、剣帯とぶつかってがちゃがちゃと音を立てた。

 いまや瓦礫になった、なじみだった靴屋の角を曲がる。そこで、突然に声をかけられた。

「すみませーん、守備隊長はどこですかー?」

 陽気な、というよりもはや、暢気な、とも言ってもいいほど、戦場には場違いな、優しげな娘の声。

 テレルトンの周囲は既に、赤い手の軍勢数千に包囲され、蟻の這い出る隙もない、はずだった。

 しかし。角の向こうに、異様な一団がいた。

 髪の長いエルフの娘。足元には大アナグマ、背後には鞍を背負った、馬より大きい猿、左右には兵にも見えない軽装の剣士と戦士、まるで正体の判らない優男。

「な……?!な、なんだあんたら。どこから入ってきた」

 俺の悲鳴にも似た問いを聞きつけてか、近場にいた仲間たちが槍を携えて駆けてきた。

――目の前で、親指を下に突き出す戦士と剣士。ぐう、と胸をそらす大猿。ニヤニヤとした笑いを隠さない優男。

「ひっ」

 敵か?!その親指は死刑宣告か!!くそ!!

# # #
* * *
「ち、違います!違うんです!穴を掘って来ました!皆さんを助けに!」
「もぐもぐ!」

 極度の緊張からか、じりじりと武器を構えなおす守備兵さんたちを見て、私は慌てて言葉を繋ぎました。

「……あ、あんたたち、何者だ?!」

「ふむ。我ら“地上最速の”アローナ急行。ブリンドルのジャルマース卿の依頼を受けて、エルシアの谷じゅうを強攻偵察中だ」

 サンダースが、掌についた泥を軽く叩き落としながらそう名乗りました。

「もぐもぐ(きゃらの!)地上最速を名乗るようになったのは今朝からだきゃらのー」

 変化を解いて、アナグマから人の姿になったクロエがそう付け加えます。

「あんたらが、あの“アローナ急行”!? ドレリンのむこうからブリンドルまで戦の噂を運んだという急使の一団か!」
「……おう、助けに来たぜ。ていうか、あんたがたの脱出を手伝いに来た」

 バッシュが、親指を立ててそう請け負いました。

「しかし……故郷を捨てては行けぬ。ここで討ち死にもやむなしと」
 悲壮な決意に満ちた、男達の瞳。や、カッコイイですけどね?でも勇気と無謀は違うのですから。

「きゃらのっ!怪我したり疲れたりしてるから考えがネガティブ!そんなときはこれっ!《軽傷治癒》!!」

 クロエが、懐から小さな薬瓶を3つ取り出しました。あれは……。ぐっと差し出したきり説明しないクロエの様子を受けて、私は、彼女の突き出した薬の由来を手短に語りました。

「この《軽傷治癒》の秘薬は、3、4日前にこの町を通ったとき、ここから脱出していった施療院の尼僧から預った物です。『困った人を見かけたら渡しましょう』と約束しました」

 ですが、預った数よりも多いですね、クロエ。

「ふうん、テレルトンのものはテレルトンに、か。妙な縁だなぁ」
 ジョンが感心したように鼻を鳴らしました。

 じっと薬瓶を見つめていた兵隊さんたちは、中には、印を切る仕草をする方もいまして、そのほの明るくきらめく魔法の水薬に、治癒の魔力以上の何かを透かし見ているかのようでした。

「ペイロアの尼僧様が……これを?なんとありがたいことだ……」

 隊長格と思しき中年の槍兵がひとり、おずおずと進み出て、クロエから3つの薬瓶を受け取りますと、兵隊さんたちの間に、今までとは違う種類の活気があふれ出しました。

「よし、怪我のひどい者をつれてこい!」「脱出の準備を始めろ!敵に気取られるな!」

 ほいほいほい、と《軽傷治癒》の秘薬をさらに3つ、背負いから取り出し、もう一人の兵隊さんに押し付けるクロエ。受け取った兵隊さんは、力強く肯くと、怪我をした仲間のところにわき目も振らず駆け出しました。

「穴は直径5フィート、たっぷり半マイルは向こうに抜けてるから大丈夫。出口には見張りも置いてきた」

 隊長さんと打ち合わせを始めるジョン。隊長さんは、要点を復唱すると、いまや生きるための戦いに変化したテレルトン防衛戦(陽動)の指示を部下たちに示し始めました。

「そういえば、大鴉のカラスがいませんねジョン=ディー」
「穴の入り口で、見張りだ!」
「……一匹で大丈夫か?」
「襲われたら感覚で分かる。あとできるだけ逃げるように言い含めてある」
「悲壮だなー」

* * *

「逃げそびれた兵たちは全部で30ほどだ。今半数を門のそばの城郭へ、陽動の準備に回した。残りの半分は脱出の準備だ」
「準備できしだいどんどん逃げてくれない?穴も狭いから詰まると嫌だし」
「わかりました、そのようにしましょう。出口で合流し、全員揃い次第ブリンドルに向け出発する」
「ではこの間に逃げ遅れた市民がいないか捜索しましょう」

「ならば」と隊長さんが言いました。――この先の広場の手前に、老婆と孫娘が逃げずに頑張ってる。ぜひとも連れ出して欲しい、と。

「ばあさん、生まれた町で死にたいとさ」
「うわ、重」

* * *
 砦柵や市門の向こうには、戦火か付け火か、朦々たる煙が幾重にも上がっています。日は既に西の丘にかかり、赤い夕日が黒い煙を通して街中をいやな赤さに染めていました。

「ここ、かな」

 バッシュが耳を澄ませ、音がしたらしい民家を指して言います。

「……多分」
「よ。うぉーい、こんばんわー。撤退のお知らせにきましたよー」

「兵隊さんですか?……どうぞ、今開けます」

「!! 若い娘の声だー 美人かな 美人だといいなー 」

 ジョンの口から全部漏れ出してます。

「でも実際の交渉はアルウェン頼むな」

 と振り返ったジョンに、私は曖昧に微笑みかえしました。老婆にヘソを曲げられては敵わない、と思ったのでしょうか。

「もちろんおねえちゃんとの交渉はちゃんと自分で」
「ふむ」
「きゃらの! ジョンのすっげえ皮算用だっ 美人だと決めてかかってるっ」

 などと油断する我々の空隙を縫って、その『死』は飛来しました。

 振り向いた彼の肩に生えた、一本の黒い矢。貫かれた衝撃でよろめいたジョンは、どん、と背中でドアを叩き、膝が砕け、そのままずるずると倒れこみそうに

「きゃらの!!矢ジョン!!」
「向かい?!」「二階だ!」

 振り向けば、通りを挟んで向かいの家屋、その二階のよろい戸に半身を隠しているのは、巨大な二本の角を頭から頬の前に突き出させた、黒装束の異形。手には弓、素早く次の矢を番えて、その矢じりにはぬるりと鈍い湿った色合い――得体の知れない、毒が。

「……ニンジャだって?!」
「ジョン! ジョン=ディー!!!」

「……やっべ……これは……接触毒だ……」
「喋るな!……くっ、遠い!!」

 目測を立てたサンダースが、目の前の二階の遠さに歯噛みしました。視線が通らず、《ディメンジョン・ホップ》には少しだけ届かず、しかし敵はジョンの急所を狙えるほどの近さ。

「《重傷治癒》……!」

 治癒呪文を用意しながら、左手で《低位回復術》の小杖を用意し……しかし、毒では……

――間に合わないかもしれない。

 ジョンの唇は早や紫に変わり、額にはぷつぷつと汗が浮いています。ジョンを庇うように立つサンダースとバッシュですが、階上の敵は彼らの間を縫う矢を、大量に放つ技量の持ち主に相違ありません。必中必死、止めの矢を。

『……終ワリダ』

 ニンジャが、そう呟いた、ような気がしました。

「コンボーイ!!!!」

 そのとき。クロエのけしかけで、大猿が走りました。両の腕で庇を掴み、そのまま二階へ。

「?!無理だ、一人では!!」
「きゃらの!! だいじょうぶ、これで間に合う!!コンボイ、塞げ!!!」

 応、と唸ったコンボイは、そのまま、その胸板で、よろい戸を――暗殺者の矢狭間を、ぴったりと塞いでしまいました。

『?!』

「……いいぞ……回り込めバッシュ……」

 間髪いれず、その家の玄関に駆け寄るバッシュ。私は、サンダースの後ろで、ジョンにとりあえずの治癒呪文を投射しました。血は止まるものの、毒が傷口を蝕み、到底平癒には至りません。が、

「間に合います!毒に奪われた体力も、呪文で底上げすれば!!」
「うむ!」

「……いやー、……死ぬかと、……思ったー」
「ジョン、もう喋らないで」
 
 バッシュが駆け込んだ屋内からは、乱暴に扉を蹴破る音が何度かと、敵を追って駆け回る足音がひとつ。……ひとつ?

「ふむ、察するに幽遁の術だろう。ニンジャは忍びの技の達人だというからな」
「きゃらの!バッシュのあんちゃん、深追い禁止!!」

――残念ながら、この後、黒衣の暗殺者には逃げられたのですけれど。

「逃げを決め込んだ相手を捕まえるのは至難さー」
「……すまん」
「うむ、不意を討たれた。次は気をつけねば」

「あのー、……どうしたんですか?開けてもだいじょうぶですか?」

 へいきへいき、さあ開けておくれラプンツェル!とか言い出したジョンを、クロエが「本当に丈夫だなあ」と笑い、扉を開けた娘さんは何が起こっているのか分からない、というように、何度か目を瞬かせ……

「こんばんわ、人間の娘さん。それと刀自さま。ブリンドルから迎えに参りました、“アローナ急行”のアルウェンと申します」

 よそ行きの微笑で礼儀正しく挨拶をして、私は、彼女たちに脱出の手はずが整ったことを掻い摘んで伝えました。

 安全に逃げられる、と聞いて、娘さんの喜んだこと喜んだ事。クロエの得意げな表情がちょっと可笑しかったですけど、私も似たような顔で笑っていたのかもしれません。

* * *
 孫娘さんは、栗毛でかわいい人間の女性で、おばあさん思いの優しい娘でした。
 勇敢な守備兵のなかに彼女の許婚がいて、おばあさんはむしろ彼女の殉ずる恋のために『街に残りたい』とわがままを言っていた、ようです。『生き別れほどつらいもんはないからねえ』と。

「彼氏持ちって肩透かしだよなー」
「ふむ、まあ感謝されたのだからよしとしよう」
「……日が暮れる前にさっさと逃げ出そうぜ」
「きゃらの!!」

* * *

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