【D&D】『赤い手は滅びのしるし』20・18~19日 いばらの荒れ野まで
* * *
(良し月、5日。日記18日目夜)
就寝前、テレルトンからアリリアさまに向けて、《送信》の呪文でいくつかの情報をお送りしました。
テレルトンまでは敵の到達していないこと。あかつき街道ぞいの住人の避難は順調なこと。“アローナ急行”はこれから荒れ野へ向かうこと。遊撃している敵兵が手強いため、先に約束した《送信》は3日に1回にすること。
以上を、ブリンドルのジャルマース卿にお伝えいただきたいこと。
祈りを終え、組んだ指を解いて、略式ながら聖別した簡易な祭壇……すなわち机の上を、くるりと撫でて人の世に還しますと、厳かな空気は霧のように溶けて消えました。
……要点はお知らせできたと思う、のですが。
* * *
(良し月、6日。日記19日目)
明けて翌日。昨晩、《送信》呪文で伝達した内容を、みんなに説明しました。
「うむ、最前線から即時で情報を伝達できるとは実にすばらしい」
「どんな情報でも卿にはありがたいはずなんだ。回数はともかく、鮮度と純度で勝負だよ」
「魔法のペリアプトのおかげで期せずして使えるようになった呪文ですから……2日に1回は、と思っていたのですが」
テレルトン手前で出会ったバーゲストと、黒竜の頭の異形たち。あの戦力ともう一度戦う羽目になるのであれば、中位術である《送信》を《治癒》に変換せず、無為に温存してしまう判断ミスは、ぜったいに避けなくてはなりません。
「まぶっちゃけー、《送信》でどれだけ殿様が本気出してくれるかはわっかんないからなー」
「アリリアさまを介して、ですからねー」
「トレドラさんからなら影響力大っぽいよな」
みな敢えて口にはしませんが、この《送信》にはひとつの目的があり、……それは、できれば口にするのも避けたい事態、なのですが、
つまり、全滅していないことの確認、です。『《送信》が3日途切れた段階で、私たちは全滅した、と推測してください』と私たちはジャルマース卿に告げました。
死霊王の『経箱』を持った、戦況を揺るがす小部隊が、前線へ向かっている最中に消息を絶ったなら。
せめて、「どこで連絡が取れなくなったのか、何者に倒されたのか」を卿たちが推察しやすくなるよう、“アローナ急行”は現在位置と方向を、卿らに都度《送信》でお知らせすると約束したのでした。
それもこれも、昨日の会話を例に引くなら、
「こらやっぱりドレリンは無理っぽいな」
「じゃとりあえずここらで南下するか?」
「うむ、ひとつ死霊王の祠とやらへ直進のテで行こう」
ブリンドル出発の時点で、私たちは旅程を定めずにおいたから、なのです。
「縦横無尽、変幻自在、融通無碍!いきあたりばったり超サイコー!」
応?とコンボイ。
「待ち伏せされる可能性を極限まで低くしている、と考えればいいのでしょうか」
「敵さんにこっちの移動経路を推測されることもないし、まあいいんじゃない?」
* * *
西から吹く風に混じる、灰と鉄と獣と血と煙の臭い。あかつき街道を大きく南にはずれて、一路“いばらの荒れ野”を目指す私たちの右手の空には、遠く近く立ち上る黒い煙がいくつも見えます。
「随分近づいたな」
「……」
指を使い、煙のもとを目測をしていたバッシュが、ちいさく頭を振りました。
「あっちはドレリンだねー」
「……うん、北北西に20マイルくらいだと思う」
「赤い手の主力か。いまあそこということは……消し炭の丘から、2週間。橋を落としたのを差し引いて……そうだな、おそらく」
ジョンが指を曲げ伸ばししながら、恐ろしいことを告げました。
「奴らの行軍速度は一日4マイルあると見ていい。川を渡った以上、もはやあいつ等の足を止めるものはない。略奪で若干鈍るくらいか。……テレルトン、タラー、ナイモン峠。そしてブリンドルまでは20日もあれば」
「いやはや」
サンダースが溜息をつきました。
「谷に遣わされたのが我々だったのは全く、神意というほかはないな。些か自惚れ混じりだが、“アローナ急行”の移動力でなければ奴らを出し抜くことなど無理な相談」
私も無言で肯きました。
この冒険行は、アリリアさまが受けた神託が発端なのですから、まさしくアローナ様の御心によるもの――神意でしょう。かなりの艱難辛苦ではありますが、今のところ私たちは、アローナ様の期待に応えていると言えそうです。
「並みの冒険者連れじゃまだきっと森の中か黒沼向かって街道筋だよね」
「ですね」
そしてその速度は、全てにおいて私たちを有利にしています。今のところ。
「はてさて、ならばさらに移動速度を上げる手段はないものか」
私たちの見込みでは、“いばらの荒れ野”にあるという死霊王の祠、獅子窟までおよそ7日。帰りも同じだけかかるとして、なんとか赤い手の主力がブリンドルを包囲する前に、ジャルマース卿の元に戻ることができるはず、です。
「ブリンドルに帰還した時点で、猶予は10日、といったところでしょうか?」
「それまでになにか大逆転の目でも見つかればいいのになー」
「うむ、地道に行こう。その10日間で最大限、守りを固めるのだ」
「……それしかないか」
嗚呼。
「10日あれば、東のデノヴァーからの増援が間に合うかもしれないし、北への道も解放したんだから谷の外から友軍だって呼び込めるかもしれない。結局ガチの戦争は数で決まるんだ……それもこれも、お互いが同じ程度の生物ならなー」
ジョンが言外に語っているのは、死霊王とその配下。リッチである死霊王の配下と言えば、これは間違いなく不死者と亡霊です。……亡霊には、剣も弓も槍も効かないのですから。
「これ以上赤い手の連中を有利にしてやることもねーんだ、びしっと経箱返してやって『この戦争に手ぇ出すな!』って言ってやろうぜ、死霊王にさ」
「……ねえ、ジョン。私は神託を受けましたから、経箱を返すことには少々の不安を感じる程度で、何とかなるに違いない、とおおむね思えるんですけれど」
「?」
「あなたは、なぜこの交渉がうまくいくだろうと思えるのですか?」
「ん?あー、えっと、一つ目は、死霊王はエルシア谷に興味を持っていないからだ」
「……そうなんですか?」
「昔話になるくらい昔からリッチとして荒れ野に住んでいるのに、結局昔話になった以外のことはしていない。奴がいま事を起こす理由も理屈もないの。その経箱以外は」
親指で、私の負うた背嚢を指すジョン。
「二つ目。奴らは卑怯にも経箱を人質にとり、俺たちは親切にもそれを返してあげる。死霊王はどっちに肩入れすると思う?」
「なるほど」
「三つ目。死霊王と交渉するのは、アルウェンだから」
「なる……、え、えええええっ?!」
* * *
(続く)
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